2021年2月28日日曜日

ホーウッド中将「そう、食料を与えるだけではなんの解決にもならない」(本伝第14話)

ラインハルトの策略により物資をことごとく接収された星々を、自由惑星同盟軍が次々と占拠していきます。見た目は無血占領の連続で、攻め手側が優勢に見えますが、自由惑星同盟は国家存続にとっても致命的な惨敗への道を突き進んでいました。

そんな中、ホーウッド中将率いる第7艦隊が占領した惑星で、兵士と民衆の間でこんな会話が交わされます。

兵士「君たちは自由だ」

民衆「自由や平等より、先にパンや肉を約束してくれんかね」

自由惑星同盟が帝国の民衆に与えようとしている自由よりも、まずは食料の供給を希望する民衆たち。マズローの欲求5段階説にあるように、生理的欲求が満たされなければ、より上位の欲求は発生しないということだと思います。ここまではラインハルトの読み通りかつ思う壺でした。

しかしながら、ここでホーウッド中将が行った判断は、ともすれば帝国軍の戦略構想を覆す可能性があるほど、英断だったと思われます。それは、民衆に食料を供給するだけでなく、その再生産の手段そのものを提供することでした。「食料を与えるだけではなんの解決にもならない」からです。

ホーウッド中将「そう、食料を与えるだけではなんの解決にもならない」(本伝第14話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第14話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

任命されたヴァーリモント少尉は、自身のスキルを活かしながら、誠実に任務をこなし、畑を再生させていきます。民衆が自力で食料を生産できるようになれば、より上位の欲求が生まれ、自由や平等の価値を実感できるまでになるかもしれません。そういう意味で、第7艦隊占領下での政策は、理にかなったものだったと思います。もっとも、同盟軍と民衆との蜜月は、ラインハルトによって強引に幕を引かれてしまうのですが。

ここでの学びは、半分当たり前のことではありますが、与え方が重要、ということです。ビジネスの世界でも、新人に仕事を教えることがあると思いますが、よくできる人ほど自分で全てをやってしまいがちです。その方が短期的には費用対効果が高いためです。

しかしそれでは、ホーウッドの言う「食料を与えるだけ」となり、新人の成長欲を奪ってしまいます。それは、専制政治下の民衆の陥る状況によく似ています。そうではなく、再生産の手段そのものを身につけさせ、より上位の欲求に目覚めてもらうことが、中長期的にはリターンの大きい育成方法なのだろうと思います。

2021年2月27日土曜日

クラインゲルトの農民「おら、べつに解放なんてしてもらいたくねえ」(本伝第13話)

フォーク准将の作戦案の下、自由惑星同盟軍による銀河帝国への大遠征が始まりました。迎え撃つ銀河帝国軍の司令官ラインハルトは、自由惑星同盟近郊の帝国領から、物資をすべて引き上げるよう、命令を下します。

民衆に同盟軍の物資を食いつぶさせ、飢餓状態に陥らせた上で一網打尽にするという、壮大な戦略構想からの判断でした。また、自由惑星同盟は「民衆の帝国圧政からの解放」を旗印にしているため、民衆に物資を供給するという選択肢以外に彼らが取りうるものはなく、同時に民衆が餓えに苦しむこともないという読みが背景にあります。

このあたりの冷静かつ壮大で無慈悲な戦略が、ラインハルト本人によるものなのか、参謀として迎えたオーベルシュタインのものによるのかは、意見が分かれるところだと思います。

民衆の救済を旗印にして無策に進行する同盟軍と、ラインハルトの統率の下に敵を罠に陥れようとする帝国軍。しかし、物資引き上げ対象となった民衆にとっては、両軍の腹積もりなど全く関係のないものでした。それが、農民たちの「おら、べつに解放なんかしてもらいたくねえ」という一言に、如実に表れています。「ここの領主様はいいお方だ」。

クラインゲルトの農民「おら、べつに解放なんてしてもらいたくねえ」(本伝第13話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第13話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

自由惑星同盟が帝国の民衆に与えようとしている「自由」が、実は帝国の民衆の求めるものではないという不都合な事実。大義名分に基づく戦争がいかにバカバカしいものであるのか、実感せざるを得ません。彼らが望むものは、聡明な領主様の下で変わりない日々を過ごすこと、それしかなかったのです。

ここでの学びは、「自分が持っているものを、相手が欲しがるとは限らない」、という、当たり前であるがゆえに忘れがちな不文律です。この勘違いは、大きな悲劇を生みます。宗教戦争は悲惨な前例です。

また、もう一つの学びは、情報難民に陥った民衆たちの啓蒙の難しさです。主従関係を結び、生存権を保証され、外の世界の情報から一度断絶されてしまうと、自分自身で考えることをやめてしまいます。その状況に陥って長い期間が過ぎてしまうと、今ある環境を守る以外のことを考えなくなるのではないでしょうか。

それは何も、小説上だけの話でも、昔の話でもありません。現代のビジネスでも、社内のあまりに前近代的な手法に慣れすぎて、新しい手法を取り入れることを躊躇する、ということはよくあることです。そして、そういった企業はたいてい消えていく運命にあると思います。

2021年2月23日火曜日

シドニー・シトレ「フォークが君をどう思っているかが大事なのだ」(本伝第12話)

シトレ元帥(元校長)の含蓄ある言葉が続きます。このシーンは学ぶことが多いです。

野心あふれるフォーク准将は軍の最高位に就くことを狙っていて、目下の強力過ぎる「ライバル」よりも優れた功績を残すことが必要でした。そこで、今回の(無謀すぎる)大遠征を企てたのですが、その「ライバル」が他ならぬ自分であることを、ヤンはシトレから告げられます。

「私にそんなつもりは…」と返すヤン。彼には、確かに全く出世欲はありません。この会議の少し前、イゼルローン要塞奪取に成功後、辞表を出して軍を辞めようとしていましたから。しかし、シトレは「君がどう思っているかではない。フォークが君をどう思っているのかが大事なのだ」と諭すのです。

シドニー・シトレ「君がどう思うかではない、フォークが君をどう思っているかが大事なのだ」(本伝第12話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第12話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

ヤン自身は出世するつもりがなくても、相手はそうは思わない。フォークは自身の価値観で自分勝手に相手の像を作り上げてしまい、その相手を敵とみなして対抗しようとしていました。彼の常識では、出世を望まない軍人はいないのでしょう。しかしながら、これは、何もフォーク准将に特有の思い込みというわけではないと思います。現代社会でも、しばしば発生する事象ではないでしょうか。

また、人間は結局自分自身のことしか分からないわけですが、自分のことを頭が良いと思っている人ほど、相手のことが分かると勘違いする傾向にあるのではないか、と思います。

ここでの学びは、自分の常識は相手の非常識である可能性があること、そして自分の常識だけで相手の好意/敵意を測ることは非常に危険であること、この二つだと思います。

このフォーク准将の自分勝手な敵意は、かなり後になってからですが、銀河英雄伝説の最大の悲劇を生み出すことになります。

2021年2月22日月曜日

シドニー・シトレ「他者を貶めて、自分を偉く見せようとする」(本伝第12話)

自由惑星同盟軍は、銀河帝国に対する国家開闢以来の大攻勢を企図しますが、宿将達が集まった作戦会議の場で、フォーク准将の「行き当たりばったり」な作戦案を覆せる人は出てきませんでした。作戦案に異議を唱える発言を、フォークがあの手この手で封じてしまったため、誰もまともな発言をしなくなったからだと思います。

会議の後、その場に残っていたヤンに対し、統合作戦本部長シドニー・シトレは、フォーク准将のやり方に不満を表しながら、「他者を貶めて、自分を偉く見せようとする。しかし、自分が思っているほど才能などないのだ」とフォークを切り捨てます。

シドニー・シトレ「他者を貶めて、自分を偉く見せようとする。しかし、自分が思っているほど才能などないのだ」(本伝第12話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第12話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

フォークのように、自身が努力するのではなく、誰かを貶めることで自分をより高く見せ、生き残ろうとする人間は、どこにでもいると思います。私の会社にも、そういった人がいます。一緒に仕事をしていると、「いつ自分が貶められる立場になるのか」と怖くなることがあります。特に、実力に比してプライドが高いタイプの人に、そういう傾向が見られるように思います。ここでの学びのひとつは、もちろん、相手を貶めるタイプからは距離を置く、ということです。

そして、もう一つの学びは、シトレの人を見抜く目と抜擢する手腕です。彼の人物評価は非常に鋭い。この後、彼は軍隊を引退しますが、もともとは士官学校の校長でした。そして、彼の校長時代には、ヤンやアッテンボロー、そして恐らくキャゼルヌといった、今後の自由惑星同盟軍を担うコアメンバーが士官学校を巣立っていきました。彼らを見出し、導き、そして引き上げた手腕は相当なものだと思います。思うに、シトレのような校長および上官がいたからこそ、(腐敗しつつあったものの)自由惑星同盟軍は異才に恵まれたのだと思います。そういう意味で、シトレの卓越した人物評は、学ぶことの多い題材だと思います。

2021年2月21日日曜日

アレクサンドル・ビュコック「要するに、行き当たりばったりということではないのかな」(本伝第12話)

先のフォーク准将の人を煙に巻く発言に対し、「要するに、行き当たりばったりということではないのかな」と、急所を突くツッコミで返したのが、老将ビュコック中将でした。

アレクサンドル・ビュコック「要するに、行き当たりばったりということではないのかな」(本伝第12話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第12話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

2人の発言を並べると、明らかにビュコックの方が端的で分かりやすいです。

■フォーク准将「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することになろうかと思います」
■ビュコック中将「要するに、行き当たりばったり」

兵卒からの叩き上げ提督からの言葉に、フォークも一瞬たじろぎます。(もっとも、まともに取り合うことはせず、この言葉自体は受け流されてしまうのですが)。

ここでの学びの一つは、「要するに」というパワーワードの有効な使い方だと思います。長々として意味が分からない演説も、「要するに」を使って「行き当たりばったり」という9文字で表現することができ、聞いている人にとって分かりやすいものになります。

逆に、もう一つの学びは、分かりにくい表現をすることにも時として意味がある、ということではないでしょうか。結局、フォークは自身のやりたいことをこの会議で通してしまいます。それは、彼の演説に納得感があったからではなく、納得感のない彼の演説に周りがうんざりして早く会議を終わらせようとしたからです。目的のために手段を選ばないのであれば、このようなやり方もあるということだと思います。

2021年2月20日土曜日

アンドリュー・フォーク「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することになろうかと思います」(本伝第12話)

イゼルローン要塞陥落後、ヤンを含む軍部の良識派メンバーは、戦争がひと段落すると考えていました。難攻不落の要塞を奪取したことで、銀河帝国側が手詰まりとなり、自由惑星同盟側に有利な講和条約を結ぶ可能性が出てきたためです。

しかしながら、イゼルローン要塞をヤンがあまりにも手際よく奪取してしまったことで、同盟側の民衆は、自身の軍事能力を過大評価することになってしまいます。つまり、「今なら帝国に勝てる」、と。誰でもネガティブな展望よりもポジティブなそれを望むものですので致し方ないのですが、自由惑星同盟にとって不幸だったのは、その感情を利用して保身や栄達を望む者が、政府および軍部にいたということだと思います。

その中の一人、というより中心人物だったのが、フォーク准将です。彼は、国民的英雄となったヤン・ウェンリーを上回る功績を立てる、というただそれだけの目的で、未曽有の行軍計画を立案し、私的なルートで保身を図る最高評議会議長(国家元首)に持ち掛けます。

結果として、最高評議会は、銀河帝国への大規模出兵を承認してしまいます。その出兵の作戦会議の場で、フォーク准将が示した作戦案が、「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することになろうかと思います」というものでした。

アンドリュー・フォーク「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することになろうかと思います」(本伝第12話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第12話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

この言い回し、現代政治・ビジネスでもよく見かけます。政治屋(政治家ではなく)や「自称」コンサルタントといったような人が好んで使っています。発言の中身をよくよくかみ砕いていただくと分かると思いますが、実は「何も決めていない」ということを、綺麗な言葉で取り繕っているだけなのです。

フォークにとって、この出兵の目的は自身の栄達以外になかったため、作戦案自体も杜撰でした。ここでの学びは、「中身がないことを見抜くべし」ということだと思います。相手が言っていることに、どこまで本質があるか、それを見抜くことで、誰と共に歩むべきかを決めることができます。少なくとも、自由惑星同面はフォーク准将のような中身のない先導者に従ってしまい、この後、開闢以来の大敗を喫してしまうのでした。

2021年2月19日金曜日

フレーゲル男爵「太陽が沈まぬうちに、沈むことのないよう手を打っておくものだ」(本伝第11話)

銀河英雄伝説では、銀河帝国の門閥貴族たちはラインハルトとキルヒアイスの敵役として描かれ、必ずしも好意的な役回りを与えられていません。しかしながら、たまに人生を生きる上で有益なことを言う人がいます。この第11話で影の主役となるフレーゲル男爵もその一人です。

この回では、現在の皇帝の愛妾、グリューネワルト伯爵夫人(ラインハルトの姉アンネローゼ)と、かつての愛妾ベーネミュンデ侯爵夫人の争いが描かれています。フレーゲル男爵は、侯爵夫人を操ってアンネローゼおよびラインハルトを表舞台から消し去ろうと企てます。

フレーゲルはベーネミュンデ侯爵夫人に「あの女がいなくなれば、皇帝陛下は再びあなたのものになる」という主旨の言葉をささやくのですが、その言葉は皇帝陛下の寵愛をなんとしても取り返したい侯爵夫人の心をしっかり捉えることに成功しました。フレーゲルは侯爵夫人にとって、希望を叶える救世主になったのです。

ベーネミュンデ侯爵夫人を傀儡化した帰り道で、フレーゲルが部下に呟いた言葉が、「太陽が沈まぬうちに、沈むことのないよう手を打っておくものだ。このようにな」です。ベーネミュンデ侯爵夫人を「一度沈んだ太陽が、再び上ると思っている」と評した後に、今後の災いを消し去ろうとしている自身の抜け目なさとを比較して発した言葉です。

フレーゲル男爵「太陽が沈まぬうちに、沈むことのないよう手を打っておくものだ」(第11話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第11話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

敵役のフレーゲル男爵が発言すると少し陰鬱でネガティブな印象を与える言葉になってしまいますが、非常に含蓄ある言葉だと思います。学びは「余力のあるうちに次に備える」ということです。それが、ビジネスでも人間関係でも、長続きする秘訣なのではと思います。

2021年2月14日日曜日

フリードリヒ4世「どうせ滅びるなら、せいぜい華麗に滅びるのが、良いのだ」(本伝第8話)

銀河帝国皇帝フリードリヒ4世は、物語の初めから、暗愚な皇帝として描かれています。ラインハルトもキルヒアイスも、また宮廷の廷臣や貴族も、みな変わらず彼のことを、何のとりえもない「灰色の皇帝」だと思っていました。

しかし、実はそうではないのではないか、と思わせる場面があります。フリードリヒ4世は、愛妻アンネローゼの弟であるラインハルトに、軍人としての出世街道を歩ませるだけでなく(成果を上げたのはラインハルト自身ですが)、ローエングラム侯爵家という家門も与えます。周囲の門閥貴族達からすると、過分な待遇に映りました。

門閥貴族達の反感を危惧した国務尚書リヒテンラーデ侯爵は、フリードリヒ4世に、ラインハルトを厚遇しすぎではないか、と問いかけます。その問いかけに対し、フリードリヒは(ラインハルトは)弑逆を考えるかもしれない、それでよいではないか、「どうせ滅びるなら、せいぜい華麗に滅びるが、良いのだ」と、すべてを分かった上での行動であることをほのめかすのです。

フリードリヒ4世「どうせ滅びるなら、せいぜい華麗に滅びるのが、良いのだ」(本伝第8話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第8話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

彼の即位自体は偶然の賜物でしたが(フリードリヒは皇太子ではありませんでした)、何百年も生き永らえ、門閥貴族に私物化されている帝国が、そろそろ終わりに近づいていることを察知し、ラインハルトのような「華麗に終わらせてくれる存在」を待っていたのかもしれない、そう思わせる場面でした。

ここでの学びは、「終わりのないものはない」ということです。何事にも終わりはくる。だからこそ、綺麗にすっきり終わって、次に繋げるのがよい、ということではないかと思います。

また、もう一つの学びは、一見したところ暗愚に見える人が、実は周囲が思いも至らないほど様々なことを見通していた、ということがありうるということです。見た目や噂で判断すると、痛い目に会うのではないでしょうか。

2021年2月13日土曜日

ジェシカ・エドワーズ「私、うぬぼれていたの」(本伝第10話)

イゼルローン占領後、ヤンは中将に昇進し、出身校である士官学校の創立記念日祝典に招待されます。そこで再会したのが、反戦運動に身を投じた学生時代の友人、ジェシカ・エドワーズでした。ジェシカはアスターテ会戦における婚約者ラップ少佐戦死後、代議員補欠選挙に名乗りを上げたソーンダイク氏の反戦運動に参加していました。

ヤンとジェシカは、士官学校内の大きな木のもとで、ダンスパーティで一緒に踊った過去を思い出します。当時、ヤンはダンスの準備もせず失敗ばかりで、(おそらく入念に準備した)ラップに良いところをすべて持っていかれてしまった、少なくともヤン自身はそう思っていました。そして、ジェシカがラップを選ぶのも、当然だと。

しかしながら、ジェシカが思い出に浸りながら発した言葉は、意外なものでした。「私、うぬぼれていたの。もう一度あなたがダンスに誘ってくれると思っていたの。でも…誘ってくれなかった」。本伝以外に外伝も読んだり見たりすると、うっすら分かってくるのですが、恐らくジェシカとヤンは両想いだったのだろう、と思います。

ジェシカ・エドワーズ「私、うぬぼれていたの」(本伝第10話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第10話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

ここでの学びは、ヤンの側からすると、「失敗と決めつけない」ということだと思います。恋愛でもビジネスでも、自分ではダメだと思ったことが、意外な好印象を相手に与えていることがあると思います。何事も、自分主観だけでなく、可能性を捨てきらないことが大切では、と思います。もっとも、時として「諦めが肝心」ということも多いのですが。

ジェシカ側からの学びは、逆に「勝てると決めつけない」ことだと思います。ジェシカは当時、周囲の学生たちからは高嶺の花でした。うぬぼれ、というほどではないと思いますが、ヤンの気持ちにも多少なりとも自信があったのでは、と思います。しかし、ヤンは友情を優先し(あるいは勇気がなく)、ラップに譲ってしまいました。もしジェシカ側がアクションを取っていれば、結末は変わったのだろうと思います。

2021年2月11日木曜日

ヤン・ウェンリー「こんなやつがいるから、戦争が絶えないんだ」(本伝第7話)

普段温和なヤンが、シリーズ通して数少ない「本気の怒り」を示した場面です。

イゼルローン要塞をシェーンコップらローゼンリッターが占拠したのち、陽動作戦に引っかかっていたゼークト提督率いる帝国軍駐留艦隊は、「生きておめおめ帰れない」という理由で、要塞に突入して自爆玉砕しようとしていました。ヤンから「降伏せよ。降伏が嫌なら、追撃はしないから逃げよ」とまで譲歩されておきながら、生き残る選択肢を自ら捨てようとしていました。

ヤン・ウェンリー「こんなやつがいるから、戦争が絶えないんだ」(本伝第7話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第7話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

自分の美学を持つこと自体は、否定されるべきことではないと思います。人それぞれ、大事にしているものは異なると思いますし、それは尊重されるべきです。しかしながら、ゼークト提督の問題は、美学を他人に強要していることです。残念ながら、ゼークトの乗船している旗艦は、イゼルローン要塞からのピンポイント攻撃により一瞬で消滅しますが、ほかの乗船員たちは本当は誰も死にたくなかったと思います。(旗艦消滅後はみな一目散に逃げだしています)。

自身の保身のために国民を利用する自由惑星同盟のトリューニヒトも酷い人間ですが、美学のために人を死地に巻き込み、その罪深さを微塵も認識しないゼークトも、同じように酷い人間だと思います。もっとも、ゼークトのそれは銀河帝国の軍人社会が生み出したものであって、本人の問題とは言い切れないところではあります。

2021年2月10日水曜日

ヤン・ウェンリー「だから最後まで信じてみることにするさ」(本伝第7話)

第13艦隊の初陣となるイゼルローン要塞攻略は、艦隊戦ではなく、要塞への白兵戦部隊の侵入と指令室の制圧により、陥落を狙う作戦でした。

要塞への侵入という最重要任務に、過去幾人もの連隊長が帝国軍に寝返った白兵戦部隊ローゼンリッター連隊を、敢えて用いたヤン。理由は、トリューニヒト閥の将校に絡まれていたウェイトレスを助けた連隊長シェーンコップに、「コーヒーの一杯でも奢りたくなった」ということですが、それでは周囲の幕僚たちは完全に納得はしてくれませんでした。ローゼンリッター連隊自体が、銀河帝国からの亡命者で成り立つ白兵戦集団であることから、常に不信感を持たれる存在であったことは確かだと思います。

イゼルローンに潜入したシェーンコップ達から連絡が途絶えてしまうと、ムライ参謀長は「裏切っているのでは」といぶかります。そこに切り返したヤンの一言が、「シェーンコップを信じるのはこの作戦の前提。だから最後まで信じてみることにするさ」でした。

ヤン・ウェンリー「だから最後まで信じてみることにするさ」(本伝第7話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第7話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

ここでの学びはやはり、一度任せたら最後まで信じきる、ということではないでしょうか。それが、信じてもらった側のモチベーションや信頼感に大きく繋がるのだと思います。

そして、現在声高に叫ばれているダイバーシティを、30年前の小説のヤンが見事に実現していることも、特筆すべきだと思います。この後、ヤンは帝国から亡命してくるメルカッツ提督も厚遇しますが、ヤンの元には実に様々なバックグラウンドや価値観を持つ人材が集まってきます。彼らを有機的に連係させることで、ヤン艦隊の無敗神話が成り立っているのだと思います。

2021年2月9日火曜日

フレデリカ・グリーンヒル「あの時提督は、一人の女の子に絶対的な信頼を植え付けるのに成功なさいました」(本伝第6話)

第13艦隊の司令官に任命されたヤン・ウェンリーの元に、副官として配属されたフレデリカ・グリーンヒル。8年前にヤン・ウェンリーはエル・ファシルという恒星系の住民を救ったのですが、そこで彼のファンになり、お父さん(ドワイト・グリーンヒル大将)とヤンの先輩キャゼルヌの助けを借りてヤンの傍らに飛び込んだ行動力豊かな才女です。(というと、いろいろな方に怒られそうですが)。

フレデリカ・グリーンヒル「あの時提督は、一人の女の子に絶対的な信頼を植え付けるのに成功なさいました」(本伝第6話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第6話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

この言葉は、難攻不落のイゼルローン要塞攻略の成否をヤンから問われた際に、「絶対成功する」根拠としてエル・ファシルを挙げながら、さりげなくフレデリカがヤンに思いを伝えた言葉です(半分邪推ですが)。

ヤンはとてもモテそうにないキャラ設定なのですが、ジェシカには実は心の中で本命にされていたり(多分)、フレデリカも少女時代に心を掴んでいたり、と、ここぞという時に巡り合わせがよいというか、ヤン本人が気が付かないうちにチャンスをモノにしている感があります。ある意味天賦の才だと思いますが、同じ才能の設定が被保護者のユリアン(戦災孤児)にも受け継がれているところが、面白いポイントです。後にシェーンコップに「(ヤンもユリアンも)黙っていても美人が寄ってくる」と評されています。

現実にはなかなか無いシチュエーションとはいえ、学ぶことは多いと思います。結局、ガツガツせず、無欲で、責任をひたむきに果たす姿が、純粋な女性には響くということなのでしょう。と同時に、フレデリカ側から見ると、最終的に彼女はヤンと結婚できたわけなのですが、やはり意中の人を射止めるには一番近くに居ることが大事、というとても基本的なスタンスを貫いたのが勝因ということだと思います。

マクシミリアン・フォン・カストロプ「そもそも父上がいけないのだ」(本伝第5話)

頼みの綱の防空システム「首飾り」が全滅し、敗北が確定した時に、首謀者のマクシミリアン・フォン・カストロプが周囲の人間に「お前のせいだ」、「お前が私を焚きつけたのだ」と当たり散らした挙句、口にした一言が「そもそも父上がいけないのだ。不正をしたのは父上なのだから」です。どう考えても自分が悪いのですが。

マクシミリアン・フォン・カストロプ「そもそも父上がいけないのだ」(本伝第5話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第5話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

人間の醜さを言動すべてで表現してくれたマクシミリアン。勝っているときは尊大、負けが分かると責任転嫁。振れ具合が半端ないですが、現代のビジネスでも、「こういう人いるなぁ」という妙なリアリティがあります。

ここの学びはただ一つ、「人のせいにしてはいけない」です。この後、マクシミリアン・フォン・カストロプは、多くの部下にナイフで刺されて命を落とします。自業自得ですが、人間はそもそも身勝手なものかもしれず、自分も状況によっては同じようなことをするかもしれない、と身を引き締めてしまう今日この頃です。

2021年2月8日月曜日

アドリアン・ルビンスキー「帝国はアスターテで勝ちすぎた」(本伝第5話)

マクシミリアン・フォン・カストロプが反乱を起こしたのは、第三勢力フェザーンにそそのかされたからでした。フェザーンの黒狐ことアドリアン・ルビンスキー自治領主は、カストロプが銀河帝国に対して良からぬ感情を持っていることを知っており、その感情を利用したのでした。(マクシミリアンは、父が違法に蓄積した私財の返還を、帝国から求められていました)。

もちろん、ルビンスキーはカストロプの現状に同情して手を貸したのではありません。冒頭の「帝国はアスターテで勝ちすぎた」との言葉にあるように、彼らフェザーンの方針は、銀河帝国と自由惑星同盟の共倒れです。

アドリアン・ルビンスキー「帝国はアスターテで勝ちすぎた」(本伝第5話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第5話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

もともとアスターテ会戦は、同盟軍が勝つはずでした。2倍の艦隊を動員していましたし、それも実はフェザーンの情報リークの賜物でした。ところが、ラインハルトという予想外の要因により、銀河帝国が思わぬ大勝をしてしまった。その調整として、カストロプによる内乱がルビンスキーにより仕組まれたのでした。

また、フェザーンの凄いところは、カストロプに「勝てる」と信じ込ませたことだと思います。自由惑星同盟の首都星ハイネセンを守る防空システム「首飾り」をカストロプに(もちろん有償で)提供することで、彼の自信を増長させることに成功しました。※もっとも、「首飾り」はここに至るまで、ハイネセンで一度も作動したことがないので、無敵である保証は実は全くなかったのですが。

ここでの学びは、「プレイヤーではなくゲームメイカーになるべき」、ということだと思います。プレイヤーとしてのカストロプ、および鎮圧側のキルヒアイスは、フェザーンの掌の上で転がされていたに過ぎません。キルヒアイスと彼を派遣したラインハルトにとっては、昇進という果実を手に入れることができたため、プレイヤーとして最大の成果を上げたといって良いと思います。しかし、カストロプの立場になってしまっては悲惨です。利用された挙句、生き残ったとしても切り捨てられていたでしょう。

うまい話には裏がある、ということだと思います。「自分は誰かが作ったゲームの駒になってはいないか」、そういうことを時々自問することが、カストロプの二の舞にならない防衛策だと思います。

2021年2月7日日曜日

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「真の名将か」(本伝第5話)

反乱を起こしたマクシミリアン・フォン・カストロプ(前財務尚書の古代ギリシア趣味のドラ息子)の討伐の途中、酒浸りになって自暴自棄な発言をしていたベルゲングリューン大佐でしたが、キルヒアイス提督から絶対勝てる戦術の内容を聞かされて、ころっと心を入れ替えます。

キルヒアイスの戦術は完璧にハマり、カストロプは頼みの綱の防空システム「首飾り」をすべて失い、窮地に立たされます。ここでキルヒアイスが最も望んだ解決策は、殲滅ではなくカストロプの降伏でした。第5話は、戦術面で圧倒するだけでなく、なるべく死者を出さない解決策を優先するというキルヒアイスの度量・懐の深さが表に登場する回となっています。結局、キルヒアイスの思惑は、100%完璧には実現しないのですが。

キルヒアイスの言動は、ベルゲングリューンの心を完全に捉えました。それを表す一言が、「真の名将か」です。戦術面でも人間面でも、ベルゲングリューンがキルヒアイスに「この人は凄い」と思ったから、自然に出てきた言葉なのだろうと思います。

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「真の名将か」(本伝第5話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第5話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

後々彼はロイエンタール提督にも心酔してしまうのですが、どうもこの人は男に惚れやすいというか、自分より凄いと思った人に対して無条件でのめり込む傾向があります。ただ、ここでの学びは、やりすぎは良くないにしても、「見た目で判断せず、言動で素直に評価する(凄い人は凄いと、素直に認める)」ということだと思います。

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「しらふでやってられるか」(本伝第5話)

本伝の最後までとにかく気疲れの絶えない苦労人(ここでは多くは語りませんが)、ベルゲングリューン大佐の名言(?)です。銀河帝国の内乱(カストロプ動乱)の討伐にあたる最中に、酒に溺れてしまいます。

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「しらふでやってられるか」(本伝第5話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第5話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

無理もありません。司令官は自分よりもはるかに若いキルヒアイス少将、しかも彼は元帥となったラインハルトの七光りで出世したようにしか見えません。また、内乱討伐の軍勢も、たった2000隻。キルヒアイスの前に敗れたシュムーデ提督の艦隊は3000隻でしたので、それよりも少ない艦隊です。また、敵には鉄壁の防空システム「首飾り」がある。全く勝ち目がない、死にに行くようなもんだ、と、客観的には見えます。そうなると、もう酒に溺れて現実逃避するしかない、そんな心境になってしまっています。

同じようなことは、ビジネスの世界でもあると思います。自分よりはるかに若い上司から、前回失敗した時よりも少ない予算でなんとかやり切れ、と言われているようなもんです。現場の苦労を何だと思っているんだ、と感じるはずです。

しかし、ここでの学びは、「見た目で判断するな」です。原作を知っている人は分かると思いますが、なぜなのかは次回に。

2021年2月6日土曜日

アンネローゼ(グリューネワルト伯爵夫人)「ジーク、弟と仲良くしてやってね」(本伝第4話)

本伝第4話では、帝国軍元帥になったラインハルトと腹心ジークフリート・キルヒアイスの絆について、少年時代のエピソードを踏まえて語られています。彼ら2人は、皇帝の側室として迎えられたラインハルトの姉アンネローゼを取り返すため、皇帝を超える権力を得るために戦っているのでした。

そして、キルヒアイスがなぜラインハルトの影として付き従うことになったのか、その答えのひとつが、この場面、初対面でのアンネローゼの一言にあると思います。

アンネローゼ(グリューネワルト伯爵夫人)「ジーク、弟と仲良くしてやってね」(本伝第4話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第4話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

これまであったこともない美人の年上女性から、自分の髪の毛に触れながらお願い事をされる。この瞬間、(異論はあると思いますが)キルヒアイスは恋に落ち、かつ自分の身をかけてでも守るものができてしまう。思春期の男の子にはとても有りがちな場面だと思います。

ただ、普通は年齢を重ねて成熟するにつれ、こういう子供の頃の約束は忘れてしまうものですが、キルヒアイスの生来の純粋さと優しさ、戦乱の世の中、ラインハルトの能力、アンネローゼの美しさなどが重なり、決意がむしろ強固なものになっていったのだと思います。

本件、アンネローゼに悪気はなく、キルヒアイスを陥れる気はなかったと思うのですけれども(といいつつ、途中からは薄々キルヒアイスの気持ちに気づいていたんじゃないかと思いますが)、このシーンを見返すたびに、「何気ない一言が、他人の人生を変えてしまいかねない」ということを思い起こしてしまいます。

2021年2月3日水曜日

シドニー・シトレ「君にできねば、誰にもできんだろう。」(本伝第3話)

アスターテ会戦後、ヤン・ウェンリーは第2艦隊を境地から救った功績が認められ、少将への昇進が決まります。そして、敗残兵と新兵の寄せ集めで、通常の艦隊の半分の規模となる第13艦隊の初代司令官に任命されることになりました。

第13艦隊の最初の仕事は、銀河帝国の難攻不落の要塞、イゼルローン要塞を落とすこと。イゼルローン要塞には、これまで何度となく攻略作戦が展開されましたが、一度も成功しませんでした。その鉄壁の要塞を、半個艦隊で落とすよう命じる際に、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥が使った殺し文句が、「君にできねば、誰にもできんだろう」というこの一言です。

シドニー・シトレ「君にできねば、誰にもできんだろう。」(本伝第3話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第3話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

この言葉、非常に危険な言葉ではないでしょうか。これを敬愛する上司から言われると、ついつい乗せられてしまう、無理もしてしまう、そんな言葉だと思います。

シトレはかなり後になって(ヤンの死後、物語ではかなり終盤)、この言葉と共にヤンを国家の大事に巻き込んでしまったことについて、とても後悔しています。自分の言動により、若いヤンを巻き込んで死なせておきながら、自身は引退生活に入ってしまっていましたから。

そういう意味で、この言葉は人生の中で極力使うべきではない言葉ではないか、と思います。

注)ヤン自体は、シトレのこの言葉があったからイゼルローン攻略を引き受けたわけではなく、自信があったからだと思います。勝算がない戦いはしない人だと思いますので。

2021年2月2日火曜日

ジェシカ・エドワーズ「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?」(本伝第3話)

惨敗したアスターテ会戦の戦没者慰霊祭では、自由惑星同盟の国防委員長ヨブ・トリューニヒトが、愛国心を鼓舞する演説を行っていました。故国を守るために、戦没者たちは命を捧げたのだと。そして、憎き銀河帝国を倒すため、戦いはやめないのだと、戦没者の家族たちの前で堂々と訴えていました。

そこに、アスターテ会戦で婚約者を失ったジェシカ・エドワーズ(ヤン・ウェンリーとは親友)が演台の近くまで歩き出て、トリューニヒトにこう話しかけます。「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?あなたのご家族は?あなたの演説はもっともらしいけど、あなた自身はそれを実行しているの?」

ジェシカ・エドワーズ「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?」(本伝第3話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第3話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

このシーンをアニメで初めて見たのは高校生くらいだったと思いますが、強烈な印象が残っています。トリューニヒトはどの時代でもどこの世界にもいる「無責任政治屋」の生きた見本のような男ですが、その彼の痛いところをジェシカは公衆の面前で突きつけました。ヤン・ウェンリーがこの同じ第3話の中で、ジェシカに「誰かが言わなければならないことだったんだ」と言っているとおりです。

より悩ましいのは、こういう本質的な問題の場合、言われる側の方が、言う側よりはるかに強いことがある、ということです。国家権力や社会の権力者に対して意見を言うことは、現代では某専制国家のような国でない限り、命を取られるまではいきませんが、近代以前の時代では、命をかける必要がある行動だったと思います。実際、この後、ジェシカはトリューニヒトのお抱え治安維持部隊「憂国騎士団」に襲われることになります。

また、国レベルの話に限らず、ビジネスの世界でも、人をそそのかしておきながら、自分は決して危険な場所に降りてこないトリューニヒトのような人がたくさんいます。そういう人々に対して、真っ向から戦うのか、無視して自らの職務に集中するのか、それとも迎合するのか、選択肢はたくさんありますが、ジェシカのこのシーンを思い出すと、つくづく悔いのない選択をしたいと思います。(もっとも、私自身は、ジェシカのように真っ向から戦いたいと思うものの、実際にその立場になったらできないだろうな、と思っています。小さい人間です)。

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総司令官ヤン・ウェンリーの査問中に、留守となったイゼルローン要塞を狙われた自由惑星同盟。無事に撃退はできたものの、査問を持ち掛けてきたフェザーンに対して、当然不信感を募らせていました。 フェザーン駐在の自由惑星同盟高等弁務官ヘンスロー は、 自治領主の首席秘書官ルパート・ケッセル...

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