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2021年7月19日月曜日

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

ローエングラム侯爵の逃げる演技にまんまと騙され、本拠地ガイエスブルク要塞から引きずり出された挙句、猛反撃を受けて壊滅状態に陥ったリップシュタット連合軍。彼らを全滅から救ったのは、ブラウンシュヴァイク公爵に疎まれガイエスブルク要塞に残っていたメルカッツ提督でした。

しかし、境地を救ったメルカッツに対し、ブラウンシュヴァイク公爵は心無い一言をかけます。「なぜもっと早く救援に来なかった!!」。自分がメルカッツに要塞に残れと指示したにも関わらず、です。これにはメルカッツの副官シュナイダーも黙ってはおられません。身を乗り出して抗議しようとしますが、上官に制止されます。

そんなシュナイダーに、メルカッツがその後語った内容がこれです。少し長いですが、名言ですので、丸ごと引用します。「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ。精神面のな。その病気を育てたのは、500年にも及ぶ貴族の特権の伝統そのものなのだ。その意味で言うと、公爵も被害者化もしれんな。100年前ならあれでも通じたのだ。不運な人だ。」

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、時代が作った「普通の人」が、その時代の終わりには敵役になる、ということです。

銀河帝国は、当時の国家元首ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが民主制を廃し、自身を支持する集団を帝国貴族として特権を与え、専制国家としての支配体制として整えた国です。そして、その特権は世襲で代々親から子へ受け継がれるものとされました。そのため、メルカッツの言うこの「特権」は、時代が経つに連れ、門閥貴族達が生まれた時から保有している支配権ということになります。日本の士農工商制度の武士、封建性や王制時代の貴族達、神権政治の神官達の位置づけです。

人は人の下に人を作ることを好むものだと思います。福沢諭吉が「天は人の下に人を造らず」と敢えて言っているのは、放っておくと人は人の下に人を作りがちだからだと思います。しかも、それが自分が築いたものではなく、生まれた時から、つまり本人の努力ではなく祖先から受け継いだものな場合、余計厄介です。自分の下に人がいることが当たり前だと思い込んでしまうからです。こうして、貴族の時代の「普通の貴族」のメンタリティが出来上がります。それはゴールデンバウム王朝に特有なものではなく、日本の武士、神権政治の神官も同様です。

そして、時代が終わりに近づくと、彼らは途端に敵役に転じます。明治維新で終焉を迎えたのは武家政治でした。近代に移る際、ヨーロッパでは封建制と貴族制が消えていきました。そしてここでも討たれるべき敵役として、ブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族が対象となりました。メルカッツの言うように、「100年前ならあれでも通じた」、つまり彼らの方がむしろ「普通」だったはずなのに。

同じことは、規模は違いますが、もっと身近でも起きています。ビジネス現場で、新しいやり方に対する抵抗勢力がいる場合、彼ら守旧派はだいたい古いやり方をよく知っている方々でしょう。そして、守旧派の方がむしろ、10年前には「普通」だったと思います。しかし、時代が変わると、彼らはまるで敵のように語られることが少なくないと思います。

自分も今は「普通」かもしれないが、いずれ新しい「普通」の人々にとっての「敵」になるかもしれない。そう考えて、常に何が「普通」なのかをウォッチし続けること、つまり歴史的に言うと「開明派」であることが大事なのだと思います。

また、シュナイダーがメルカッツとの会話後に「ブラウンシュヴァイク公は確かに不運かもしれない。しかし、その人に未来を託さねばならないのは、もっと不運ではないのか!」とモノローグで語っているように、「普通」から「敵」になりつつある勢力に加担すると不幸です。そうならないためにも、時代の潮流を読み続けなければならないのだと思います。

2021年5月29日土曜日

ベルンハルト・フォン・シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」(本伝第20話)

新皇帝に対抗してブラウンシュヴァイク公爵の下に集結した貴族連合軍(リップシュタット連合軍)は、総司令官として老練なメルカッツ上級大将を迎えました。メルカッツ提督が自由な手腕を発揮すれば、皇帝を擁立するローエングラム侯ラインハルトも苦戦を強いられたはずです。なぜならば、数の上では貴族連合軍の方が優勢だったからです。

しかしながら、メルカッツ提督は軍の統率に非常に苦労することになります。実務面で有能ではない提督や、戦いの場に出たことのない貴族提督が多数参戦していたからです。作戦会議の場では、「理屈倒れ」と揶揄されるシュターデン提督が、華麗で魅力的ではあるものの実行不可能な作戦を披露してしまい、場が紛糾します。

メルカッツはこの場を鎮めるため、シュターデン提督と貴族達に出撃を許可しました。この際にメルカッツの副官であるシュナイダー少佐が、上官の真意をこの言葉で見事に突いています。曰く、「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」。メルカッツの「言葉で言っても分からんだろうからな」という返しが、当時の貴族連合軍の実情を如実に表していて、痛々しい気持ちになるシーンです。

シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のためと、いうことですか」(本伝第20話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第20話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、世の中、言葉で説明できるのは半分程度、ということです。

シュターデンの作戦が実行不可能であることを言葉で説明し、ブラウンシュヴァイク公を含む連合軍のメンバーに「理解」を求めることは、大変ではあるものの、可能だったと思います。しかし、メルカッツはそれをしませんでした。なぜなら、たとえ言葉の上で理解しても、彼らは腹落ちをしてくれないと考えたからです。

人間が物事を知って、理解して、腹落ちするまでには、以下のように複数の「段階」があります。

 STEP0:何も知らない状態

 STEP1:知っているだけで理解できていない状態

 STEP2:理解しているが腹落ちしていない状態

 STEP3:腹落ちしている状態

STEP3までいかないと、人間はそれを自分事として捉えられないですし、身に付き方も中途半端になります。子供の頃に自転車に乗ったり、泳げるようになったりと、色々とできることが増えると思いますが、まさに自転車の乗り方を「理屈だけは」分かっている状態、泳ぎ方を「文字の上では」理解している状態が、上記のSTEP2に当たります。

そして重要なのは、STEP2からSTEP3に持っていけるのは、自分しかいない、という点です。誰かに教わることはできません。自転車に乗れるようになるのは、自分でやってみて感覚を掴む以外に方法がありません。水泳も一緒です。

そのため、メルカッツは「言葉で言っても分からんだろう」と、貴族達を戦いの場に出撃させたのでした。STEP3まで到達していない人々にいくら言葉で説明しても、STEP2のレベルに持っていくのがやっとですし、最悪の場合、そもそも理解すらしてもらえないリスクがあります。自転車に乗れたことのない人に、自転車に乗った際の気持ち良さやバランス感覚を共有することが困難、ということと同じです。

逆に、ラインハルト陣営は、戦いに関してはSTEP3のレベルに達している提督ばかりが集まっています。そうなると、言葉での説明も最小限で済みます。皆、自転車に乗れるかの如く、同じ感覚で戦いができるからです。歴史の世界でもビジネスの世界でも、チームとしては全員がそのレベルに達していると、無類の強さを発揮するのだと思います。

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