2021年8月29日日曜日

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)

自由惑星同盟でクーデターが終息した頃、銀河帝国ではブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトに敗北し、その戦後処理に入っていました。

その中で、大きな亀裂が浮き彫りになります。ヴェスターラントの核攻撃をめぐる対応に関して、ラインハルトと腹心キルヒアイスとの間に、見解の不一致が生じたのです。民衆を守ってこそ自身の正当性を確保できると主張するキルヒアイスに対し、少数の犠牲をもって大多数の幸福を手にしたと主張するラインハルト(もともとはオーベルシュタインの説です)。本当はラインハルトもキルヒアイスと同様に感じ、核攻撃を止めようとしたにもかかわらず、ここではラインハルトはまるでオーベルシュタインのように振舞います。

それでも食い下がり、ラインハルトを窘めようとするキルヒアイスに、ラインハルトは止めの一言を放ちます。「お前は、俺の何だ?」

そして、キルヒアイスは悲しげにこう答えたのでした。「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」。

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、何かが壊れる瞬間を見逃してはならない、という点です。

この時、明らかにキルヒアイスのラインハルトに対する「モード」が変わったと思います。親友から単なる主従へ、本来お互い望んでいないはずの変化がそこにあり、かつそのサインをキルヒアイスの方から出していたのだと思います。それが、常日頃はラインハルトをファーストネームで呼ぶキルヒアイスが、あえて「ローエングラム侯」と敬称で呼んだことに表れています。

しかし、ラインハルトは気づきませんでした。ラインハルトは、今回の件は些細な行き違いであり、いつものように、時間が経てば修復されると思っています。しかも、折れるべきはキルヒアイスの方だと思っています。本当は、何ら義務のないキルヒアイスの方が、望んでラインハルトの下にいるだけなのですが、長年の二人の関係が、そのことを忘れさせてしまったのでしょう。

愛情関係や友人関係、ビジネスの信頼関係が壊れるときは、大抵はこのような「いつもの些細な行き違い」がきっかけになっていると思います。どちらかが、あるいはどちらもが、「相手がいつか分かってくれる」、「いつも通り時間が経てば元に戻るだろう」、と思ってしまい、対応が遅れ、取り返しがつかなくなるものだと思います。

仲が良ければ良いほど、そして仲の良い時間が長いほど、この致命的な瞬間を見逃しがちです。なぜなら、過去の「関係を修復できた」という数多くの実績が、修復できない可能性への考慮を妨げるからです。そのことを頭に入れて、本当に大切な関係については、むしろいつもと違う瞬間をとらえられるよう、頭の片隅にセンサーを置いておく方が無難なのだと思います。

2021年8月22日日曜日

ヤン・ウェンリー「政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ」(本伝第24話)

アーサー・リンチによる真実の暴露により、自由惑星同盟のクーデター(救国軍事会議)は瓦解します。首謀者のグリーンヒル大将はアーサー・リンチに射殺され、アーサー・リンチも他の将校達に殺されました。

首都星ハイネセンを包囲していたヤン艦隊は、時を同じくして地上への降下作戦を開始しますが、既に戦う意思のないクーデター派は、グリーンヒル大将の代理としてエベンス大佐がヤン・ウェンリーとの交渉に当たります。

その交渉の中で、「政治の腐敗を正すために我々は立った。自らの栄達や保身のみを考えるトリューニヒトなどよりもずっと崇高な理念の元に戦った」と、自らの正当性を主張するエベンス大佐。しかし、ヤンは次の一言で、彼らの正当性の主張に真っ向から反論します。

「政治家が賄賂を取ることが政治の腐敗ではない。それは政治家個人の腐敗にすぎない。政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ。貴官たちは言論を統制した。その一点だけでも、今の政治家達を批判する資格はない」。

ヤン・ウェンリー「政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ」(本伝第24話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第24話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、個人の不備と仕組みの欠陥を取り違えてはいけない、ということだと思います。

エベンス大佐の言葉は、特にその状況の当事者となった場合、反論の余地のないもののように見えます。賄賂が横行する政治。政治家ではなく政治屋がはびこる議会。そして、政治屋達に権力を行使され翻弄される軍部。軍部の兵士や良識ある市民の立場からすると、そういった政治屋達を一掃することは、善悪だけで考えると、善行のように思えるのではないでしょうか。そして、クーデターに純粋に取り組んでいたメンバーは、皆多かれ少なかれ、そのような善を行うつもりで参加していたに違いありません。

しかし、その考え方をヤンは一刀両断しました。グリーンヒル大将やエベンス大佐達は、政治屋個々人の腐敗を断罪するために、仕組みそのものを専制側(言論統制といった民主制に反する仕組み)に変えようとしました。しかし、腐敗した政治屋を一掃するために民主主義を捨ててしまうのならば、なんのために民主主義の総本山たる自由惑星同盟が存在するというのか。行きつく先は自己矛盾です。

もしここまでのシナリオを、銀河帝国のローエングラム侯爵とオーベルシュタインが考えてアーサー・リンチに与えていたのだとすると、非常に皮肉の籠った秀逸なシナリオと言わざるを得ません。なぜなら、もしクーデターが成功していたら、世界に残る国家はどちらも専制国家であり、民主制国家がこの世から消えてしまうことになるのですから。

同様のシーンは、小粒ながらもビジネスの世界でもありえると思います。何かがうまくいかない、問題ある事象が存在する場合、そもそもの仕組み(会社のルールなど)が悪いのか、それを運用する個人やチームの側に問題があるのか、うまく切り分けないといけないと思います。ここで見立てを誤って、本来運用に問題があるのに仕組みを変えてしまっては、うまくいくはずのものも頓挫することになります。と言いながら、こういう取り違えは、案外日常的に起こっているのではないかと、個人的には思います。

2021年8月18日水曜日

アーサー・リンチ「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」(本伝第24話)

銀河帝国でブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトの下に敗北したのとほぼ同じ頃、自由惑星同盟のクーデターも終結に向かっていました。

ルグランジュ提督の第11艦隊を失い、首都星ハイネセン以外の援軍もなく、日々孤立感を深めているところに、ヤン・ウェンリー率いる第13艦隊から「クーデターは銀河帝国のローエングラム侯の策略」という寝耳に水のアナウンスが全土に流れます。(ちなみにこのアナウンスを流したのは、元クーデター派のバグダッシュです)。

このアナウンスには、グリーンヒル大将始め「真面目に」クーデターに取り組んでいた人々にとって驚き以外の何物でもありませんでした。彼らは自らの意思でクーデターを起こしましたので、「銀河帝国の差し金」と言われるのは、あからさまな侮辱でした。

しかし、このクーデター計画を持ち込んだアーサー・リンチは、ヤンの言葉が「事実」であることを知っていました。そして、言わなくてもいいのに、グリーンヒル大将他、クーデター派の将校の皆の前で、「ヤンが言っていることは全て真実」と暴露してしまいます。

グリーンヒル大将達にとって、このシーンは二度ビックリの大ドンデン返しです。祖国のために頑張っていたのに、実は敵国の片棒を担いでいたのですから。当然、リンチにこう聞きたくなります。「なぜこんなことをしたのか?帝国の将軍にしてやるとでも言われたのか?」。その当然な問いに対する超意外な答えが、これです。

「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」

アーサー・リンチ「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」(本伝第24話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第24話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、未来も良心も守るべきものも捨てた人間に絶対近づいてはいけない、ということです。

グリーンヒル大将は軍部で数少ない良識派であり、まともな人間と付き合っていれば、まともな人生を享受できる人だったと思います。反逆者の汚名を着せられて殺されるような、悲惨な人生を終わり方をすべき人では決してありません。

しかし、彼は傍に置く人物を間違えてしまいました。

アーサー・リンチのように、自分の未来がなくてもよい、と思い切ってしまった人間には、恥も外聞もありません。今死んでも良いわけですから、生きていく上で本来気にかけていくべき周囲の評判や好意を求める必要がないからです。また、彼は過去の事件(ヤンがエル・ファシルの英雄となった事件)の経緯から、「卑怯者」のレッテルを貼られていました。その結果、守るべきものである家族とともに、本来持っていたはずの良心も失ってしまいます。

守るものがなく、他人の目が気にならず、良心も捨てて卑怯に徹することのできる人間は、ある意味最強だと思います。今風に言うと、後天的なサイコパスなのだと思います。

そういう意味では、同じくグリーンヒル大将が傍に置いたフォーク准将より更に厄介です。フォーク准将は自意識超過剰の人物ですが、他人の評価は気にします。故に、とことんまでの卑怯にはなり切れませんし、感情もあります。フォーク准将の考え方は、量的に激しいものの、まともな人間にとって全く理解不能ではないと思います(異常ではありますが)。

しかし、リンチは違います。彼の考え方は、まともな人間には理解不能です。そして、未来も守るべきものも良心もある人間にとって、彼は天敵です。今回も「自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかった」という理解不能な理由で、グリーンヒル大将以下多くのまともな人間が、その人生を狂わされてしまったのです。

2021年8月9日月曜日

レオポルト・シューマッハ「そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!」(本伝第23話)

ブラウンシュヴァイク公爵によるヴェスターラントへの核攻撃は、自身が率いるリップシュタット連合軍を更に追い込んでいきます。ほぼ全ての植民星が離反し、ガイエスブルク要塞は完全に孤立してしまいます。敗北必至の現実から逃避すべく、大貴族達は連日無意味な宴会に身を投じていました。

そして、本来は持久戦に持ち込んで遠路遥々遠征に来ているローエングラム侯ラインハルトの軍の疲弊を待つべきところ、ヒロイックな美学に取りつかれたフレーゲル男爵以下現実感覚のない貴族達は、総大将のブラウンシュヴァイク公爵をも巻き込んで、華々しい玉砕をするために出撃していったのでした。

この出撃に巻き込まれた損な役回りが、前述のメルカッツ提督とシュナイダー少佐の主従コンビと、フレーゲル男爵の副官シューマッハ大佐です。

シューマッハ大佐は後方勤務がメインでしたが、貴族最優先の帝国軍の中で、平民でありながら着実に出世していった非常に有能な参謀でした。また、非常に忍耐強く、上官の無茶な命令にも黙々と従う、そんなタイプだったと思います。その彼が、上官たるフレーゲル男爵が「滅びの美学」を完成させるため、帝国軍の宿将達に戦艦の一騎打ちをしかけようと騒ぎ出した際に、堪忍袋の緒が切れて言い放ったのが、この言葉でした。

「滅びの美学ですって!そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!やりたかったら一人でおやりなさい!」

レオポルト・シューマッハ「そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!」(本伝第23話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第23話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

このように自身を否定する言葉を、生まれて初めて浴びせられ、フレーゲル男爵は一瞬動きが止まります。そして、時間差でこみ上げる怒りと共にブラスターを取り出そうとした刹那、フレーゲルは自分の部下達に一斉に狙撃され、命を落としました。恐らく、このやり取りを周りで見ていた部下達は、シューマッハの言葉を心の底から待っていたのだと思います。

ここでの学びは、きっかけ一つで周囲の行動が変わる、という点です。

この時点まで、貴族に平民がたてつくことは、常識としてあり得ない世界だったと思います。そのため、フレーゲルはシューマッハの言葉を瞬時には理解できませんでした。(そして、その時間がフレーゲルを死なせ、シューマッハを生き延びらせるのに必要な時間でした)。

しかし、リップシュタット連合軍の度重なる敗退、ヴェスターラントの虐殺、帝国全土における反貴族の趨勢、そういった時代の変化は、リップシュタット連合軍側の兵士達にもひしひしと感じられたと思います。そこに投げかけられた、フレーゲル男爵という大貴族の権化へのシューマッハの言葉が、フレーゲルを撃った部下達の行動を促すトリガーになりました。

このように、流れが出来上がりつつある中で、きっかけ一つで潮目が変わることは、現代社会の中でも少なくないと思います。ビジネスでも、ある一言がきっかけで、協力者が増えるということがあります。気が付いたら流れが自分に向いていて、無意識に発した言葉が相手のスイートスポットに刺さっていることもあります。

ここで注意すべきは、シューマッハという人が、言動一致せず周囲の信頼のない人物だったら、部下達は彼を救わなかったであろうということです。常に行動が伴う人による言葉であることが、周囲の行動を変えるトリガーとしては重要なファクターではないか、と思います。

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