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2022年1月23日日曜日

ヤン・ウェンリー「全人類社会が単一国家である必要はないさ」(本伝第33話)

銀河帝国軍の襲来により政治家たちの査問会から解放され、ヤン・ウェンリーは5000隻ほどの援軍とともに、イゼルローン要塞への帰途についていました。要塞にたどり着くまでの期間は約4週間。その道すがら、副官のフレデリカに、専制国家である銀河帝国と、民主制国家である自由惑星同盟の共存論について、自身の見解を述べていました。

ヤンは民主制で全人類が統一されることの必要性を認めておらず、そのことを「全人類社会が単一国家である必要はないさ」という一言で簡潔にフレデリカに伝えています。また、貴族連合軍の戦いの中で亡くなってしまったキルヒアイス(帝国宰相ローエングラム侯ラインハルトの親友かつ側近)が生きていれば、帝国と同盟の橋渡しをしてくれたかもしれない、と、敵国の将軍でありながら、故人を悼むのでした。

ヤン・ウェンリー「全人類社会が単一国家である必要はないさ」(本伝第33話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第33話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、ダイバーシティの考え方は政治体制にも有効、ということです。

人類社会において、政治体制にはいくつか種類がありました。神権政治、封建制、絶対君主制、民主制、などなど。それらは、どれが悪で、どれが善というものではない、というのがヤンの基本的な考え方だったと思います。それぞれに利点/欠点があり、互いにそれを認め、状況に応じて最適な選択ができる状況を維持する、これが理想の姿だと。

銀河帝国内で、相対する政体(銀河帝国にとっての民主制、自由惑星同盟にとっての専制)に対し、ヤンのように少し寛容に考えられるのは、キルヒアイス以外にはいなかっただろうと思います。彼には他者を受け入れる寛容さがあり、それは現代社会でいうダイバーシティ・インクルージョンの考え方に近いものでした。他方で、この時点でのラインハルトと総参謀長オーベルシュタインには、専制国家以外を許容する考えはなかったように思います。

では、専制と民主制の利点と欠点は何か、そしてこの時点ではどのような選択が最適だったのでしょうか。後の言動も踏まえると、ヤンはそれぞれを以下のように紐解いていたのではないかと思います。

専制 利点:改革をドラスティックに実行できる
   欠点:最高権力が世襲され善政/悪政どちらになるかがギャンブルになる
      国民が政治に責任を持たない

民主制 利点:国民が政治責任を負う、多数の知恵が政治に反映される
    欠点:改革スピードが遅い
       責任逃れが横行し何も決まらない病が蔓延する(衆愚政治)

最適だと思われる解
・銀河帝国がラインハルト・フォン・ローエングラムの元に改革される
・ただし、全人類社会がラインハルトの下に統一されてしまうと、
 もし後継者が愚鈍であった場合に取返しがつかなくなる
・そのため、自由惑星同盟は民主制を保って独立を維持するべき

多くの人間は、どちらかが善でどちらかが悪、あるいは味方と敵、という二者択一を前提にしてしまいがちですが、そうではないということです。そうではなく、政体についてもダイバーシティ・インクルージョンが必要で、自身の帰属する政体だけを唯一無二と考えない方が良い、ということだと思います。

※本件、言葉にするのは簡単ですが、人間には(おそらく本能的に)帰属意識というものがあり、どうしても自身が属する社会政体を肯定(あるいは社会政体に従属)しがちになってしまうので、とても実行が難しい考え方だと個人的には思っています。

なお、現代のダイバーシティ・インクルージョンには、「新結合によるイノベーション創出確率の向上」という面もあります。これは、ヤンの言ういわゆる「選択肢の温存」という論点よりも、更に先を行った考え方かもしれません。専制と民主制を掛け合わせてより良い政体が生まれる、といったイノベーションが起きれば、より良い社会、そして安定した社会にまた一歩近づくのかもしれません。

2021年11月13日土曜日

オスカー・フォン・ロイエンタール「敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」(本伝第29話)

帝国軍によるイゼルローン要塞の奪還を確実にするため、
 ・イゼルローン要塞からヤン・ウェンリーを引き離す
 ・ガイエスブルク要塞を移動要塞化しイゼルローン回廊に大軍を送り込む
という二つの策謀が同時並行で進んでいる頃、帝国軍の双璧、オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーの両提督は、食後の談笑をしていました。

その中で話題に上がったのは、4年前に彼らが初めてローエングラム侯爵ラインハルト(当時は旧姓を名乗っていたため、ラインハルト・フォン・ミューゼル)をその目で見た時の印象でした。彼らの会話は、以下のとおりです。

ミッターマイヤー「どう思う、金髪の小僧とやらを」

ロイエンタール「昔から言うだろう、虎の子を、猫と見誤ることなかれ、と」

ミッターマイヤー「ラインハルト・ミューゼルは、卿の見たところ、虎か、猫か」

ロイエンタール「多分、虎の方だろう。姉が皇帝陛下のご寵愛を受けているとはいえ、敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」

オスカー・フォン・ロイエンタール「敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」(本伝第29話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第29話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、偏見を捨てて客観的に事実を見ることが大事、ということでした。

当時、門閥貴族達の間で、ラインハルト・フォン・ミューゼルの評判は芳しくなく、「金髪の小僧」「姉のスカートの中に隠れている」と揶揄されていました。その評判は、実際に彼が陣頭に立っていくつかの戦いで勝利した後でも、大して変わりませんでした。

他方で、ロイエンタールの見解は適切で、ラインハルトという個人を見る際に、「姉が皇帝の寵姫である」、「飛びぬけて若い(当時はまだ十代)」、「顔が綺麗」といった観点を全て捨てて、ただ「戦いが強いかどうか」という点(つまり、成果)を見ています。また、その成果の測り方も、上官の評価やマスコミの評判などではなく、敵側の視点を用いたものでした。

この一見簡単なことが、現実世界ではなかなか難しいのだと思います。私が中学時代に小説を最初に読んだときは、「門閥貴族達は見る目がない」と、むしろ彼らに人を見る能力がないように思ったものでした。しかし、実際に自分が社会人になって人を見極める側に回った際には、どうしても学歴や風貌といった実績面以外に目が行ってしまいます。このあたり、言うは易く行うは難しの典型だと思います。

この偏見を避けるためには、実際に自分の目で確かめる、例えばビジネスの場合は短期間でも一緒に仕事をしてみる、といった方策が有効だと思います。実際、ファーレンハイトやメルカッツ、ミュッケンベルガーといった面々は、ラインハルトの仕事ぶり・有能ぶりを共に戦い肌で感じることで、偏見にとらわれることなく彼を評価することができるようになりました。(そういう意味では、一度も一緒に仕事をすることなく、ラインハルトを正しく評価できたロイエンタールの慧眼は恐ろしいの一言です)。

さて、ここでのもう一つの学びは、強すぎる光に惑わされない、という点です。

当時、ラインハルトの傍には、いつもキルヒアイスがいました。そして、目立つのは常にラインハルトであり、キルヒアイスは影のような存在で特に誰にも意識されていませんでした。(キルヒアイスに「個人的に」ご執心のヴェストパーレ男爵夫人は例外ですが)。

しかし、キルヒアイスの能力や人望、特に上級大将に昇進してからの彼の活躍は、ラインハルトに勝るとも劣らない素晴らしいものでした。このシーンの続きでロイエンタールが「キルヒアイスの力があれほどとは、さすがに気づかなかった」と述べている通りです。キルヒアイス本人は特に気にしていなかったはずですが、(無視されるという)不当な評価を受けていたと言えます。

どこの世界にも、ラインハルトのような目立つ存在、キルヒアイスのように影に隠れる存在、どちらも居ると思います。そして、目立つから有能、影だから無能、ということではなく、むしろキルヒアイスのような影の存在がラインハルトという光をより輝かせている可能性について、常に意識すべきだと思っています。

2021年9月12日日曜日

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)

銀河帝国においてローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの関係悪化にオーベルシュタインが拍車をかける中、未来の帝国軍の双璧、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督は、トランプのポーカーで勝負をしていました。

結果はどちらも同じ手だったのですが、ミッターマイヤーがジャックの3カードだったのに対し、ロイエンタールはクイーンの3カードで、ロイエンタールの勝ち。ミッターマイヤーは男性人気が高く、ロイエンタールは女性人気が高いので、それを反映したかのような結果であり、それはミッターマイヤーの「相変わらずご婦人に好かれるようだ」との一言に集約されています。

さて、ポーカーの激戦の最中、二人の間でキルヒアイスの件が話題に上がります。オーベルシュタインがナンバー2不要論を持ち出して、実質ナンバー2の立場にあるキルヒアイスの相対的な影響力を下げようと画策している件は、二人にとっては既成事実でした。

ここでミッターマイヤーがロイエンタールに呟いた大人の一言が、「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい。ことに、それが人間関係のことならば」でした。

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、理屈に合わなくても放っておくほうが良いことも多い、という点です。

オーベルシュタインは自身の理論を貫くため、ラインハルトに半ば強制的にキルヒアイスとの関係を改めさせようとしました。(これは、従ってしまったラインハルトの方に大きな問題があると思いますが)。単純化すると、オーベルシュタインの頭の中は、以下のような構成になっていると思います。理屈と整合していたら結果は良く、整合していなかったら結果は悪い、はずだ。白黒はっきりしていますし、正しいプロセスを取れば良い結果が出ると考えます。何かを判断する際に非常に役立つ考え方です。

オーベルシュタインの
考え方
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり100%0%
なし0%100%

しかし、ミッターマイヤーが言うように、世の中は理論的に正しければうまくいくというわけではありませんし、理論的には間違っていてもうまくいくことが多くあります。つまり、以下の表のようになるのが現実だと思います。

現実
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり50%より高い50%より低い
なし50%より高い50%より低い

理屈に合っていても、せいぜい成功確率が少し上がる、という程度という考え方です。ミッターマイヤーがこのような大人の考え方ができるのは、本人の資質もありますが、理屈で考えて正しく行動できたとしても、成功確率自体にはそれ以外の要素が大きく絡んでくる、ということを、実戦を通じて身をもって知っていたということに尽きると思います。その辺りが、オーベルシュタインや「理屈倒れ」のシュターデン提督と一線を画すところでしょう。

オーベルシュタインは新銀河帝国の時代にもラインハルトの下で名参謀として活躍しますが、この時ばかりは早計に過ぎたのではないかと思います。

2021年9月5日日曜日

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)

ヴェスターラントへの貴族連合軍の核攻撃の是非を巡って、銀河帝国のローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの間に生じた亀裂。これを修復しがたいものにしてしまったのが、ラインハルトの参謀長、オーベルシュタインの一言です。

「組織にナンバー2は必要ありません。部下の忠誠心は代替の効くものであってはならないのです。」

これは、キルヒアイスが事実上ナンバー2になっていること、そしてキルヒアイスがラインハルトに取って代わって支配者になる可能性があることを伝え、ラインハルトに注意を促した言葉でした。本伝を最初から読んだり観ている方には、「キルヒアイスはそんなことしない(なぜならラインハルトの姉アンネローゼの意に反することは絶対にしないから)」と分かっていますが、オーベルシュタインにはその辺りの機微な感情面は理解できず、上記のような正論を踏まえた警告に至ったのだと思います。

ラインハルトはこのオーベルシュタインの言葉に対し、「銀河全体が私に背いても、キルヒアイスは私に味方するだろう」と真っ向から反論しますが、その裏でオーベルシュタインに従い、キルヒアイスの特権を剥ぎ取ることに合意してしまいます。

その結果、悲劇が起こるのです(この話は悲しいので、ここでは触れません)。

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人間関係の悪化は加速がつく、という点です。

オーベルシュタインのこの言葉は、タイミングがここでなければ、たいした影響のないものだったと思います。彼がナンバー2不要論を唱えていることは周知の事実でしたし、いつものラインハルトであれば、それを言われたところで、「またか」という程度で、たいして気にも留めなかったはずです。このタイミングに至るまで、ラインハルトにとってのキルヒアイスの存在は、オーベルシュタインの正論を十分に凌ぐものだったと思います。

しかし、キルヒアイスとラインハルトとの間に亀裂が生じたこのタイミング、そして関係が悪化に向かって舵を切ってしまったタイミングで、このオーベルシュタインの言葉は効果が有り過ぎました。ラインハルトは言葉の上ではキルヒアイスを擁護しているものの、行動としてはキルヒアイスの特権(集会への銃の帯同や、ラインハルトの傍の位置)をはく奪しました(しかも、キルヒアイス本人に伝えることもなく)。これは、いつもであれば自動的に修復されてきた関係性が、もはや後戻りできないベクトルと加速度で傷口を広げてしまっていることを表しています。

勉学や仕事の世界でこのように最悪のタイミングで最悪な出来事が起きることはしばしば起こるものですが、特に人間関係でこういった事態が起きやすいのでは、と思います。というのも、人間関係を良好に保つには、双方の歩み寄りが必要ですが、人間関係を壊すには片方が縁を切れば十分だからです。以下の表のとおり、あるAさんとBさんがいたとして、4分の3の確率(概念的には)で人間関係の維持は困難となります。円満に関係が維持できるのは、4つのうち1つのパターンのみです。

【表:人間関係の維持は難しい】

Aさんの姿勢
歩み寄る拒絶する
Bさんの
姿勢
歩み寄る維持可能維持困難
拒絶する維持困難維持不可

また、ここでより重要なのは、ある人からある人への感情は、絶えず同じレベルを維持するのではなく、あるベクトルに向けて増減し、時々加速がつくことです。今回の場合、ラインハルトとキルヒアイスの互いへの関係性は歩み寄りから拒絶の方向に向き、そしてラインハルトのそれはオーベルシュタインのダメ押しによって加速力がついてしまいました。

実際に人間関係が壊れる当人になるのも避けたいところですが、同様にそれを助長する今回のオーベルシュタインのような役回りになるのも、生きていく上で避けるよう、心がけようと思います。

2021年8月29日日曜日

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)

自由惑星同盟でクーデターが終息した頃、銀河帝国ではブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトに敗北し、その戦後処理に入っていました。

その中で、大きな亀裂が浮き彫りになります。ヴェスターラントの核攻撃をめぐる対応に関して、ラインハルトと腹心キルヒアイスとの間に、見解の不一致が生じたのです。民衆を守ってこそ自身の正当性を確保できると主張するキルヒアイスに対し、少数の犠牲をもって大多数の幸福を手にしたと主張するラインハルト(もともとはオーベルシュタインの説です)。本当はラインハルトもキルヒアイスと同様に感じ、核攻撃を止めようとしたにもかかわらず、ここではラインハルトはまるでオーベルシュタインのように振舞います。

それでも食い下がり、ラインハルトを窘めようとするキルヒアイスに、ラインハルトは止めの一言を放ちます。「お前は、俺の何だ?」

そして、キルヒアイスは悲しげにこう答えたのでした。「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」。

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、何かが壊れる瞬間を見逃してはならない、という点です。

この時、明らかにキルヒアイスのラインハルトに対する「モード」が変わったと思います。親友から単なる主従へ、本来お互い望んでいないはずの変化がそこにあり、かつそのサインをキルヒアイスの方から出していたのだと思います。それが、常日頃はラインハルトをファーストネームで呼ぶキルヒアイスが、あえて「ローエングラム侯」と敬称で呼んだことに表れています。

しかし、ラインハルトは気づきませんでした。ラインハルトは、今回の件は些細な行き違いであり、いつものように、時間が経てば修復されると思っています。しかも、折れるべきはキルヒアイスの方だと思っています。本当は、何ら義務のないキルヒアイスの方が、望んでラインハルトの下にいるだけなのですが、長年の二人の関係が、そのことを忘れさせてしまったのでしょう。

愛情関係や友人関係、ビジネスの信頼関係が壊れるときは、大抵はこのような「いつもの些細な行き違い」がきっかけになっていると思います。どちらかが、あるいはどちらもが、「相手がいつか分かってくれる」、「いつも通り時間が経てば元に戻るだろう」、と思ってしまい、対応が遅れ、取り返しがつかなくなるものだと思います。

仲が良ければ良いほど、そして仲の良い時間が長いほど、この致命的な瞬間を見逃しがちです。なぜなら、過去の「関係を修復できた」という数多くの実績が、修復できない可能性への考慮を妨げるからです。そのことを頭に入れて、本当に大切な関係については、むしろいつもと違う瞬間をとらえられるよう、頭の片隅にセンサーを置いておく方が無難なのだと思います。

2021年7月23日金曜日

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第23話)

大艦隊のほぼ全てを失い、反皇帝派のリップシュタット連合軍は敗北への道を突き進んでいました。そんな中、門閥貴族の領地ヴェスターラントで暴動が起き、総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥、シャイド男爵が民衆に殺されてしまいます。

そんなヴェスターラントへの報復のため、ブラウンシュヴァイク公爵は地球を壊滅状態に陥れた熱核兵器の使用を決意します。側近アンスバッハ准将の制止も意味はなく、逆にアンスバッハは拘禁されてしまいました。善悪の判断もつかないくらい、ブラウンシュヴァイク公は追い詰められていたと言えます。

その報はリップシュタット連合軍に潜伏していたスパイから、ローエングラム侯爵ラインハルトの下に届けられます。当然、ブラウンシュヴァイク公爵の暴挙を止めるべく、艦隊を派遣しようとするラインハルト。しかし、そこを参謀オーベルシュタインに止められます。

いっそのこと、ブラウンシュヴァイク公にこの暴挙を実行させるべきです。オーベルシュタインは、このヴェスターラント200万人の民衆を犠牲にして、政治宣伝に使うべきだと主張するのです。最大多数の幸福のため、少数を犠牲にする。初歩的なマキャベリズムの論法を用いて、オーベルシュタインはラインハルトに決断を迫ります。

それに反発したラインハルトの発言が、「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」でした。

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第23話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、倫理(人の命)と政治(数の論理)は相反し、どちらかの選択を迫られることがある、という点です。

ラインハルトはこの時、オーベルシュタインに言いくるめられ、明確に核攻撃を止めることができませんでした。彼がキルヒアイスと共有している民衆第一の倫理的な信念と、オーベルシュタインの持ち出す政治的な覇者の論理の間に挟まれ、逡巡してしまったのです。キルヒアイスがもしこの場にいたら、ラインハルトの気持ちを尊重し、オーベルシュタインに真っ向から反対したはずですが、残念ながらラインハルトは一人でした。

結果として、この判断はラインハルトにとって人生で二番目にまずい判断(一番まずい判断の場面は、この後すぐに来ます)となりました。確かにオーベルシュタインによる政治宣伝により、リップシュタット連合軍の瓦解が早まり、内戦が早く集結したことは確かです。しかし、ここで彼は掛け替えのないものを失ってしまいます。民衆を「本気で」大事にするという姿勢と、キルヒアイスの信頼です。(ラインハルトはこの後、続けて人生で一番まずい判断をしてしまい、キルヒアイスそのものも失ってしまいます)。

このように、政治を優先した判断は、即効性はあるものの、根本的な何かを失いがちです。他方で、倫理を優先した判断は、時間はかかるものの、一貫性を確保して支持を得ることができます。今後、ラインハルトはオーベルシュタインの掲げる政治優先の戦略で覇者になりますが、この場面にもしキルヒアイスがいて、ラインハルトに倫理優先の判断をさせていたらどうなったか。今となっては完全な「if」の世界ですが、史実とは全く違う展開になったであろうことは疑いありません。

2021年7月10日土曜日

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)

ブラウンシュヴァイク公爵とともに前帝の外戚(妃の父)にあたるリッテンハイム侯爵は、リップシュタット連合の中ではナンバー2の存在でした。しかしながら、トップであるブラウンシュヴァイク公爵とはうまくいっていなかったようで、約50000隻の艦隊を率いて、本拠地ガイエスブルク要塞を後にします。彼の矛先は、ローエングラム侯ラインハルトの命を受けて辺境を制圧したキルヒアイスの艦隊です。

キルヒアイスの艦隊は約40000隻。リッテンハイム侯爵の艦隊はキルヒアイスのそれよりも数では勝っていました。しかし、やはり歴戦の提督と貴族提督では、経験と実力の差は大きすぎました。リッテンハイム侯爵は惨敗し、味方がまだ戦っている最中に逃げ出してしまいます。

ここまでならば、リッテンハイム侯は他の貴族と同等の「戦い慣れていなかったため敗北した」という程度の評価にとどまっていたと思います。しかし、この後が最悪でした。彼は、逃走中のルートに配置していた味方の輸送艦を、事もあろうか攻撃して破壊してしまったのです。彼は、参謀の制止を振り切って、味方を攻撃しました。「味方ならなぜ私が逃げる、いや転進するのを妨げようとするのか。かまわぬ、撃て。撃てと言うに」。

こうして、味方艦の残骸を背に、リッテンハイム侯はガルミッシュ要塞に這う這うの体で逃げ込んだのでした。

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人生の大事な時期までに失敗は経験しておくべき、です。リッテンハイム侯爵にたいした能力はなかったと思いますが、相手が帝国軍ナンバー2のキルヒアイスですので、当時のリップシュタット連合軍の中でいい勝負ができたのは、総司令官メルカッツとファーレンハイトくらいだったと思います。そんな中で、2割程度多い艦隊で勝てと言うのが、そもそも無理だったと言えます。あるべき姿として、いったん敗北を認め、粛々と軍をまとめてガルミッシュ要塞に籠って再起を待てばよかったのです。

しかし、彼は一度の敗北で、まるで全てを失ったかのような振る舞いをします。戦い続けている味方に背を向け逃げ出しただけでなく、味方を撃って死なせました。これは、門閥貴族として育ったため、失敗をしたことがない、失敗に慣れていない、ということが大きな要因になっていると思います。

人生の中で、多くの人は大事なところで何かしら失敗を経験します。しかし、それは悪いことではなく、それを乗り越えて、より大きな成功につなげる、そういうことができる人間が、本当に強い人間だと思います。そのためには、幼少期や学生時代に失敗に慣れておくことが、とても大切だと思います。失敗慣れしていない人間は、リッテンハイム侯爵のように、大事な時に失敗してしまうと、二度と立ち直れなくなってしまいます。

2021年7月4日日曜日

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)

フェザーンの宇宙船ベリョースカ号の船長ボリス・コーネフはヤン・ウェンリーの幼馴染で(この段階ではまだ明らかになっていませんが)、銀河帝国の内戦中、新興宗教である地球教の信者たちを聖地まで乗せていく仕事をしていました。異国の辺境に差し掛かったころ、ラインハルトの命で辺境制圧に乗り出していたキルヒアイス提督の検閲網にかかります。

キルヒアイスは通信映像上で乗船しているメンバーに害がないことを悟り、航行を許可します。それどころか、不足物資の提供まで申し出るのでした。キルヒアイスの人柄をとても良く表しているシーンです。

マリネスク他ベリョースカ号の乗組員たちは、一瞬でキルヒアイスのファンになりますが、ボリス・コーネフだけは少し違う反応でした。

気の毒に。いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」。

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

キルヒアイスは敵方に当たる自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが評価しているように、全く軍国主義的要素がなく、尊大さの欠片もなく、相手への思いやりもある、それでいて将帥として、また実務者して非常に高い能力の持ち主です。難があるとすれば、アンネローゼやラインハルトを優先しすぎて、自己の主張が薄い点でしょうか。しかし、思想的な偏りもないため、ヤンは彼が銀河帝国と自由惑星同盟、つまり専制国家と民主国家の共存のキーパーソンになると考えていました。

こういったタイプの人間は、ボリス・コーネフの言う通り、やはり長生きしない傾向にあると思います。というのも、貧乏くじを引くことが多い(というより、自ら貧乏くじを引いてしまう)からです。キルヒアイスの場合も、この後、全く彼の落ち度ではない理由で、命を落としてしまいます。※もしキルヒアイスがもう少し自我を主張していたら、結果は違っていたはずです。

ここでの学びは、生き残りたいのであれば、いい人をやめる、という点です。

キルヒアイスの人間性は非の打ちどころがありません。私もキルヒアイスが好きですし、こんな人が上司だったらな、と思います。ただ、彼は恐らく、アンネローゼとラインハルトの姉弟に出会った時点で、彼自身だけが「生き残る」という選択肢を、人生から外してしまったように思います。

現代の一般人、ビジネスの世界に生きる人々にとっては、自我を捨てるほどの何かに出会うことは、滅多にないでしょう。上司、組織、会社、同僚、その他、自身の生き残りを捨ててまで重視するものではないと思います。

しかし、そうではないにも関わらず、「いい人」だからこそ、貧乏くじを引き続けて潰れていってしまう人がいます。「いい人」以外の人(フリーライダー)が、「いい人」に自身の仕事を押し付けて、自身は休暇をとって旅行などに行ってしまうからです。※組織が危機的状況に陥っている場合、特にこの傾向が強まると思います。

ここでいう「いい人」は、そうやってたくさんの仕事をこなすので、必然的に能力が上がります。そして、さらに多くの仕事を押し付けられることになります。まるでそれが当たり前かのように。悪循環としか言いようがありません。会社の評価が上がるのであればまだ救いがありますが、多くの場合、彼らに仕事を押し付けたフリーライダーの方が評価が上がり、出世していきます。

こうして、押し付けられる仕事が増え続けると、「いい人」は結局膨らみ切った風船のように割れて潰れるか、組織を去ってしまいます。そして、皆が「いい人」の存在価値の大きさに、失ってから初めて気づく、というのがよくあるお話だと思います。

キルヒアイスの場合も、失ってから様々な人がそれぞれの観点で、「ジークフリート・キルヒアイスが生きていれば」と回想しています。キルヒアイスほどの洞察力や自己防衛力をもった人間でも、「いい人」であるが故に消えてしまう。我々は本当に生き残りたいのであれば、やはり「いい人」をやめることが一番の選択だと思います。

2021年4月10日土曜日

ジークフリード・キルヒアイス「形式というのは必要かもしれませんが、バカバカしいことでもありますね」(本伝第17話)

アムリッツァ星域会戦後、銀河帝国では灰色の皇帝フリードリヒ4世が亡くなりました。ラインハルトは幼年の跡継ぎ皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立した宰相リヒテンラーデ侯と組み、門閥貴族であり前帝の外戚だったブラウンシュヴァイク公およびリッテンハイム侯と激しく対立します。

全面対決の時が近づくに連れ、ラインハルトには自由惑星同盟の動きを牽制しておく必要がありました。門閥貴族を討伐する途上で、帝都を襲われる可能性があるためです。そこで、ラインハルトは捕虜の交換にかこつけて、工作員(元同盟軍少将アーサー・リンチ)を自由惑星同盟に送り込むことにしました。

捕虜交換式は、帝国軍のキルヒアイス提督と同盟軍のヤン・ウェンリー(イゼルローン要塞総司令官に就任しています)の間で行われ、表面上和やかな雰囲気で進みます。しかし、その裏側では、キルヒアイスとヤンの間で、恐らく無意識ではありますが、互いの意図の読み合いと鋭い人物観察が行われていました。その際に発したキルヒアイスの一言が、「形式というのは必要かもしれませんが、バカバカしいことでもありますね」という言葉です。それに対して、ヤンは一言「同感です」と答えています。

ジークフリード・キルヒアイス「形式というのは必要かもしれませんが、ばかばかしいことでもありますね」(本伝第17話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第17話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

このやり取りの中で、キルヒアイスはヤンが帝国軍の意図を読み切っていること、そしてそれにも関わらず捕虜交換に応じたこと、という点に気づいています。他方で、ヤンも帝国軍が捕虜に工作員を紛れさせていることを確信しています。それが捕虜交換式という形式でヴェールに包まれている、ということに対し、お互い共感しているということだと思います。

ここでの学びは、同じ域に達した者同士には、腹の内が自動的に見えてしまう、という点です。そんな漫画みたいなことが現実に起きるのか、と思いがちですが、実際のビジネスの場面でも、同じ域に達していると思考回路が似てきますので、次に打ってくる手を読めたりします。そしてお互いが次の手、次の次の手を読み合いながら、より多くの時間を検討に使えた方が勝つ、ということになりがちです。そのため、どちらか一方が勝ち続けることは少なく、互いに勝ち負けを繰り返す関係になる、それが本当の意味での好敵手(ライバル)なのだと思います。戦争の世界ではそんなことも言ってられませんが。

もう一つの学びは、類は友を呼ぶ、ということです。キルヒアイスとヤン・ウェンリーは、この時お互いの考え方も似ていることに気づいています。(ヤンは後にそれを公言しますし、キルヒアイスも「友にできれば」とラインハルトに語っています)。お互いが同類であるということは、誰かに言われて気づくことではなく、また理屈でもなく、生物的な反応としてお互いに分かるものではないか、と思います。居心地の良さや会話のスムーズさ、また逆説的ですが同じ空間に無言でも耐えられるかどうか、といった点が、それを測るバロメータになります。

ここでの二人の雰囲気はまさにそれで、将来互いが互いのキーマンになることが分かった瞬間なのだろうと思います。もっとも、残念ながら、キルヒアイスが早逝することで、この二人の理想の組み合わせは実現しなかったのですが。

2021年3月28日日曜日

ジークフリード・キルヒアイス「(怒りは)あなた自身にむけられたものです」(本伝第16話)

自由惑星同盟軍が撤退を成功させた後、銀河帝国軍の各提督達は、総司令官ラインハルトの待つ総旗艦ブリュンヒルトに集結します。そこでラインハルトは各提督をねぎらうのですが、みすみすヤンを取り逃してしまったビッテンフェルトに対しては、強く叱責します。「沙汰が決まるまで自室で謹慎せよ」。

その場では(怖くて)誰も何も言えなかったのですが、腹心のキルヒアイス提督は、場が解散した後にラインハルトの後を追い、問いただします。「何に対して怒っているのですか?」と。そして、ズバリ「(怒り)はあなた自身に向けられたものです。まんまとヤン提督に名を成さしめたあなたに」と核心を突きます。

それはその通りで、ビッテンフェルト艦隊の層が薄くなっているのを分かっていながら、ケアをしなかったのはラインハルトの落ち度だと思います。

ジークフリード・キルヒアイス「(怒りは)あなた自身にむけられたものです」(本伝第16話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第16話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

ここでの学びは、意見してくれる人を大切にする、ということです。この段階でラインハルトはすでに帝国元帥にまで上り詰め、銀河帝国を手に入れる一歩手前まで来ていました。尊大になるな、というのも無理な話ですが、部下の扱いはやや雑になっていたように思います。そこに、適切なタイミングでキルヒアイスから助言が入り、色々なものをラインハルトは取り戻します。ここでもし誰も何も意見しない(あるいはできない)状況に陥っていたら、ラインハルトは最終的に勝利することはなかっただろうと思います。

ビジネスの世界でも同様で、口うるさく意見してくる上司や部下は、面倒なので遠ざけてしまいがちです。しかし、何も意見を受けないままに、自分の判断だけで進まざるを得ない状況は、とても孤独でリスクが多いものだと思います。それを避けるためには、キルヒアイスのような、信頼ができて、保身のために発言しない人間が誰かを見極め、常に意見が聞けるようにしておくことです。

2021年3月6日土曜日

ラインハルト・フォン・ローエングラム「敵の生命線だ。お前に与えた兵力の全てをあげてこれを叩け」(本伝第14話)

自由惑星同盟軍は、前線の兵士と占拠した帝国領民衆への補給を目的として、膨大な物資を本国から前線に送ることを決定します。本国から前線まで、同盟軍の占領下にありました。そのため、補給船団はたいした護衛もつけず、本国から送り出されます。

この機会を心待ちにしていたのが、帝国軍の総司令官ラインハルトでした。彼は、今回の作戦を立てた時から、この機会が来ることを予想していたと思います。すなわち、補給船団を奇襲し、同盟軍の補給路を断つこと、そして物資の欠乏や士気の低下が限界に達した時点で全面攻勢をかけること、これが当初からの彼の戦略でした。

たかが補給船団の奇襲でしたが、彼は手を抜くことはしませんでした。むしろ、腹心のキルヒアイス提督に、彼がもつ全兵力(帝国軍で二番目に強大な艦隊)をもって討つよう命じます。「敵の生命線だ。お前に与えた兵力の全てをあげてこれを叩け」、と。

ラインハルト・フォン・ローエングラム「敵の生命線だ。お前に与えた兵力の全てをあげてこれを叩け」(本伝第14話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第14話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

ここでの学びは、狙った機会に対して全力を尽くす、ということです。おそらく、この場面ではキルヒアイスでなくとも(例えばメックリンガーでも)、十分な成果を上げることができたと思われます。同盟軍(特に総司令官ロボス元帥と作戦参謀フォーク准将)は状況を甘く見て、ほとんど護衛をつけなかったからです。

しかし、ラインハルトは、念には念を押しました。なぜならば、ここで万が一失敗し、同盟軍が補給に成功してしまったら、むしろ逆に帝国軍が窮地に陥る可能性があったためです。特に、同盟領から持ち込まれる生産設備がもし帝国領の各惑星の土壌や環境とマッチし、民衆と同盟軍の関係が強固になってしまった場合、自由惑星同盟への民衆の信頼が拡大し、まだ占領下にない帝国領が離反する可能性がありました。

また、もし同盟軍側に少しでも周りを見渡せる人材がいれば、一個艦隊ぐらいの護衛をつける可能性も十分にあったと思います。そのため、ラインハルトは最も信頼するキルヒアイスにこの任を委ねたのです。

この学びは、ビジネスの世界でも当てはまります。たとえ状況的に、あるいは身体的に苦しい時期であっても、「力の入れ時」という機会が必ずあります。その時期に寝食を忘れて全力で臨めるか否かで、今後のキャリアの方向性は変わると思います。また、面白いもので、そういった「力の入れ時」は、一度経験すると次回以降なぜかその時期が感覚的に分かるようになる、そんな気がします。よって、できるだけ若い段階で、「力の入れ時」を経験しておくことをお薦めします。

2021年2月7日日曜日

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「真の名将か」(本伝第5話)

反乱を起こしたマクシミリアン・フォン・カストロプ(前財務尚書の古代ギリシア趣味のドラ息子)の討伐の途中、酒浸りになって自暴自棄な発言をしていたベルゲングリューン大佐でしたが、キルヒアイス提督から絶対勝てる戦術の内容を聞かされて、ころっと心を入れ替えます。

キルヒアイスの戦術は完璧にハマり、カストロプは頼みの綱の防空システム「首飾り」をすべて失い、窮地に立たされます。ここでキルヒアイスが最も望んだ解決策は、殲滅ではなくカストロプの降伏でした。第5話は、戦術面で圧倒するだけでなく、なるべく死者を出さない解決策を優先するというキルヒアイスの度量・懐の深さが表に登場する回となっています。結局、キルヒアイスの思惑は、100%完璧には実現しないのですが。

キルヒアイスの言動は、ベルゲングリューンの心を完全に捉えました。それを表す一言が、「真の名将か」です。戦術面でも人間面でも、ベルゲングリューンがキルヒアイスに「この人は凄い」と思ったから、自然に出てきた言葉なのだろうと思います。

ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン「真の名将か」(本伝第5話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第5話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

後々彼はロイエンタール提督にも心酔してしまうのですが、どうもこの人は男に惚れやすいというか、自分より凄いと思った人に対して無条件でのめり込む傾向があります。ただ、ここでの学びは、やりすぎは良くないにしても、「見た目で判断せず、言動で素直に評価する(凄い人は凄いと、素直に認める)」ということだと思います。

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