2021年5月29日土曜日

ベルンハルト・フォン・シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」(本伝第20話)

新皇帝に対抗してブラウンシュヴァイク公爵の下に集結した貴族連合軍(リップシュタット連合軍)は、総司令官として老練なメルカッツ上級大将を迎えました。メルカッツ提督が自由な手腕を発揮すれば、皇帝を擁立するローエングラム侯ラインハルトも苦戦を強いられたはずです。なぜならば、数の上では貴族連合軍の方が優勢だったからです。

しかしながら、メルカッツ提督は軍の統率に非常に苦労することになります。実務面で有能ではない提督や、戦いの場に出たことのない貴族提督が多数参戦していたからです。作戦会議の場では、「理屈倒れ」と揶揄されるシュターデン提督が、華麗で魅力的ではあるものの実行不可能な作戦を披露してしまい、場が紛糾します。

メルカッツはこの場を鎮めるため、シュターデン提督と貴族達に出撃を許可しました。この際にメルカッツの副官であるシュナイダー少佐が、上官の真意をこの言葉で見事に突いています。曰く、「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」。メルカッツの「言葉で言っても分からんだろうからな」という返しが、当時の貴族連合軍の実情を如実に表していて、痛々しい気持ちになるシーンです。

シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のためと、いうことですか」(本伝第20話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第20話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、世の中、言葉で説明できるのは半分程度、ということです。

シュターデンの作戦が実行不可能であることを言葉で説明し、ブラウンシュヴァイク公を含む連合軍のメンバーに「理解」を求めることは、大変ではあるものの、可能だったと思います。しかし、メルカッツはそれをしませんでした。なぜなら、たとえ言葉の上で理解しても、彼らは腹落ちをしてくれないと考えたからです。

人間が物事を知って、理解して、腹落ちするまでには、以下のように複数の「段階」があります。

 STEP0:何も知らない状態

 STEP1:知っているだけで理解できていない状態

 STEP2:理解しているが腹落ちしていない状態

 STEP3:腹落ちしている状態

STEP3までいかないと、人間はそれを自分事として捉えられないですし、身に付き方も中途半端になります。子供の頃に自転車に乗ったり、泳げるようになったりと、色々とできることが増えると思いますが、まさに自転車の乗り方を「理屈だけは」分かっている状態、泳ぎ方を「文字の上では」理解している状態が、上記のSTEP2に当たります。

そして重要なのは、STEP2からSTEP3に持っていけるのは、自分しかいない、という点です。誰かに教わることはできません。自転車に乗れるようになるのは、自分でやってみて感覚を掴む以外に方法がありません。水泳も一緒です。

そのため、メルカッツは「言葉で言っても分からんだろう」と、貴族達を戦いの場に出撃させたのでした。STEP3まで到達していない人々にいくら言葉で説明しても、STEP2のレベルに持っていくのがやっとですし、最悪の場合、そもそも理解すらしてもらえないリスクがあります。自転車に乗れたことのない人に、自転車に乗った際の気持ち良さやバランス感覚を共有することが困難、ということと同じです。

逆に、ラインハルト陣営は、戦いに関してはSTEP3のレベルに達している提督ばかりが集まっています。そうなると、言葉での説明も最小限で済みます。皆、自転車に乗れるかの如く、同じ感覚で戦いができるからです。歴史の世界でもビジネスの世界でも、チームとしては全員がそのレベルに達していると、無類の強さを発揮するのだと思います。

2021年5月23日日曜日

ドワイト・グリーンヒル「こうするより他に手段はなかったのだ」(本伝第19話)

自由惑星同盟軍のクーデターの首謀者は、統合作戦本部の元総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将でした。彼は帝国軍ローエングラム侯ラインハルトが送り込んだスパイ、アーサー・リンチによるクーデター計画に乗り、実行に移しました。

しかし、グリーンヒル大将は野心家ではありません。むしろ、軍国主義的な雰囲気の強い同盟軍の中でも、分別のある良識派の一人でした。そんな彼がなぜクーデターを起こしたのか、その答えが、彼が亡き妻の墓参りをするこのシーンで語られています。

当時の自由惑星同盟は、民主主義が崩壊しつつありました。己の利権を追及する政治家、その政治家に責任を丸投げして政治に関心を持たない市民。そして、その状況を憂慮し、自らが状況を変えるキーマンになろうとする軍部。同盟軍の中では、特に若い層を中心に、自分達が国を変えるべきと考え、日々の鬱憤をため込んでいる姿は、想像に難くありません。

そんな彼らに出口を作る、その思いで、グリーンヒル大将はアーサー・リンチのクーデター計画に乗ることになります。まさに、「こうするより他に手段がなかったのだ」ということです。この言葉は「若い人たちは性急でな。私が立ち上がらなかったら、誰が彼らを止められるだろうか…」と続きます。もしかしたら、彼にとって、クーデターの成否や、自身の行く末は、あまり関係なかったのかもしれません。

ドワイト・グリーンヒル「こうするより他に手段はなかったのだ」(本伝第19話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第19話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、良識派ほど貧乏くじを引く、という点です。グリーンヒル大将の選択を蔑むつもりはありません。彼の行動は、結果として間違いだったと記録されるでしょうが、当時の状況から、最善と思われる行動を本人として採った、ということですので、責められるものではないと思います。

しかしながら、本当に無責任な人は、こういう役回りを引き受けないと思います。あれこれ理由をつけて、逃げ回った挙句、引き受けそうな責任感の強い人間に押し付けるのが常です。そして、今回も現体制や軍部の不穏な動きを憂慮し、責任感と良識の塊であるグリーンヒル大将が引き受けることになった。こういう話は、なにも銀河英雄伝説の中だけでなく、現実社会、ビジネス世界の中でも、あふれています。そして、無責任な人間がつらい役回りを避けて出世し、責任感と良識のある人間が貧乏くじを引いて、時に倒れるのです。

そして、もう一つの学びは、潮流に真っ向から逆らうのは得策ではない、という点です。当時、自由惑星同盟の民主政治が腐敗の一途を辿っているのは、少し知識のある人間からすると、当然の事実として認識されていたと思います。そして、歴史的に見ても、それはある程度不可逆的であり、結末は国家の消滅(アテネなど)、専制君主の誕生(銀河英雄伝説の世界だと皇帝ルドルフ、現実世界だとローマやナチス)、今回のようなクーデター(直近だとミャンマー)になるのがオチでしょう。

その大きすぎる流れ、潮流に対して、真正面から、しかも単独で臨むのは、勇気ある行動というより、無謀ではないでしょうか。これより少し後、ヤン・ウェンリーは同盟政府を打倒するのではなく、銀河帝国の新体制と共存させることで、アンチ・テーゼとしての民主主義を細く長く存続させるというプランを立てました。自由惑星同盟の歴史的責任を、そのくらいのレベルの命題にまで小さくしないと、国としての能力に見合わないという見立てもあったと思います。

他方で、グリーンヒル大将は、真っ向勝負に出ました。主観で見る当事者と客観的な読者では持っている情報量が違うのでアンフェアではありますが、もしグリーンヒル大将が少しでも勝つ気でいたのであれば、この時代の潮流をもう少し慎重に読みきる必要があった、と思います。彼が思っているよりもはるかに、自由惑星同盟は疲弊していて、もはや建国時の理想は存在しない。もう元には戻れない。そうした前提の元に計画が組み立てられていたら、また違った結果になったのではないか、と思います。

2021年5月22日土曜日

ヤン・ウェンリー「その五分と五分の条件を整えるのが戦略だ」(本伝第19話)

自由惑星同盟でクーデターが発生しました。首謀者は、ドワイト・グリーンヒル大将。元統合参戦本部の総参謀長で、アムリッツァ星域会戦の責任を取り、査閲部長(監査部です)に左遷されていました。ヤン・ウェンリーの副官、フレデリカの父親でもあります。

クーデター自体は、銀河帝国のローエングラム侯ラインハルトにより送り込まれたスパイによるものでしたが、同盟における当事者たちは、皆本気だったようです。それだけ自由惑星同盟の政治体制が腐っていて、それに嫌気がさしている人間が多かった、ということだと思います。

さて、クーデターへの対応方法を熟慮しているヤンに対し、陸戦部隊ローゼンリッターを率いるシェーンコップが、こうささやきます。「クーデターの連中が現体制を一掃した後に、あなたが首都に乗り込んで独裁者をやればいい」。

独裁者なんてやるつもりのないヤンは、「全然柄じゃないね」と一蹴します。しかし、ここで引かないのがシェーンコップの太々しいところ。「軍人だって、そもそもあなたの柄じゃないでしょう」と繋げながら、「五分と五分の条件なら、あなたはローエングラム侯にだって勝てる」と更に煽っていきます。

ここまでくると、普段温厚なヤンも、反応に棘が混じります。曰く「その五分と五分の条件を整えるのが戦略だ」、戦略部分を抜いて優劣を論じても意味がないよ、と。

ヤン・ウェンリー「その五分と五分の条件を整えるのが戦略だ」(本伝第19話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第19話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

シェーンコップは悪い人間ではありません。自分が心酔する(本人は表立ってそんなこと言いませんが、行動にそれが表れていると思います)リーダーに、できるだけ高いところに行ってほしい、という願いが、他のメンバーより強すぎるのかな、と思います。現実は、全く逆の方向に行ってしまいますが。

ここでの学びは、文字通り、戦略重視、という点です。戦場で五分五分になった場合、現場指揮官の指揮能力の違いが結果を左右します。戦場で重視されるのは、戦術です。しかし、戦場で五分五分になることは滅多にありません。少しでも自軍に有利な状態で開戦しようとするのが普通です。この、「少しでも自軍に有利な状態で開戦」するために弄するのが戦略であり、帝国軍のラインハルトがその戦略に長けている点をヤンは高く評価しています。

今回も、帝国軍のラインハルトは、自軍が貴族連合軍(リップシュタット連合軍)と同盟軍の挟み撃ちにされる危険性を回避するため、同盟軍をクーデターで分裂させました。これは貴族連合軍との闘いを五分五分以上に持ち込むための戦略だったと言えます。

ビジネスの世界でも同様のことが言えます。受注した案件の遂行や、その中での一つ一つの打合せをうまくこなすことも大切ですが、それは戦術レベルの話にすぎません。それよりも、案件や打合せの成功確率を前もって上げておく活動、戦略レベルの活動が、ビジネスマンには本来、より求められるのではないか、と思います。すなわち、戦う前から既に勝っている状態をいかに作るか、が重要、ということです。

2021年5月16日日曜日

ユリアン・ミンツ「兵士は楽でしょうけど、司令官は苦労ですね」(本伝第19話)

自由惑星同盟内でクブルスリー統合作戦本部長暗殺未遂事件が発生したこととほぼ時を同じくして、同盟領の4つの惑星系(ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプール)で同時に反乱が発生しました。※銀河帝国のローエングラム侯ラインハルトの計略によるものです。

これらの4つの反乱に対して、新たに統合作戦本部長の座についてドーソン大将は、年下で同じ大将位にあるヤン・ウェンリーをこき使うため、イゼルローン駐留軍の1艦隊のみで対応するよう命じます。

さすがに1艦隊で全て制圧させるような命令が来ると想定していなかったヤンは、4つの反乱をいかに効率よく各個撃破するか、について、その場に居合わせたユリアン(ヤンの養子。戦争孤児)、キャゼルヌと話合いますが、最終的に「同じ同盟軍なので、そこまでのことはしたくない。なるべく戦わずに済む方法を考えて、できれば相手の降伏にもっていけるようにしたい」と結論付けます。その結論に対するユリアンの反応が、「兵士は楽でしょうけど、司令官は苦労ですね」でした。

ユリアン・ミンツ「兵士は楽でしょうけど、司令官は苦労ですね」(本伝第19話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第19話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ユリアンの感想に対するヤンの言葉は、当時の同盟軍だけでなく、現代で頑張っているビジネスマンにとっても、最大限の皮肉がこもった言葉になりました。曰く、「その通り。けれども、世間では、兵士にも苦労をかける司令官の方が、自分も苦労していると思うものなのさ」。

ここでの学びは、表に見えるものだけでは、リーダーの能力を評価しないこと、です。ここはとても良く間違えられるところなので、丁寧に説明したいと思います。

何事も一番良い状況なのは、「トラブルが起きないように事前に手を打ち、起きた際も最小限の対応で済むよう事前に策を講じておく」ことであり、それができるリーダー(リーダータイプAと仮に設定します)が本来は望ましいリーダーであるはずです。

他方で、トラブルが起きた際に周りを巻き込みながら最大限努力をして鎮めるタイプのリーダー(リーダータイプBとします)は、対応力は評価できるものの、リーダータイプAのリーダーよりも、組織としては一段落ちる評価をするのが妥当でしょう。そして、何も事前の手を打てず、トラブル時に対処もできないリーダー(リーダータイプCとします)が、一番評価が低くなるのは、異論の余地がないと思います。

問題は、トラブルがない状態の場合が続いたとして、それが「事前に手を打って保たれた平和」なのか、「ただ何も起きないだけの平和」なのかが区別がつかない、という点です。

状況をまとめると、平時(トラブルがない期間)は、

 リーダータイプA:事前に対処して平和を作っている
 リーダータイプB:何もしていない、しかし、見た目の結果はAと一緒
 リーダータイプC:何もしていない、しかし、見た目の結果はAと一緒

ということになるため、本来はタイプAが最も評価されるべきですが、見た目には違いが分からないため、評価に差をつけるのは表面上は困難です。

有事(トラブル発生時)については、

 リーダータイプA:最小限の対応で沈めている
 リーダータイプB:最大限の努力で対応、Aより頑張っているように見える
 リーダータイプC:対応できない

となります。有事にBを評価しがちなのは、Aの事前策が見えないからです。

総合評価となると、平時は差が出ないため、有事に目立つ方、つまりリーダータイプBが「一般的に」評価されると思います。そのため、ヤン(ご本人はリーダータイプA)の言うように、「世間では、兵士にも苦労をかける司令官の方が、自分も苦労していると思うもの」という皮肉につながるのです。

そして、リーダータイプAが評価されるのは、悲しいことに、彼がいなくなってから、ということが断然多いと思います。今まで事前に潰されてきたトラブルの芽が、リーダータイプAの人間がいなくなった途端に、トラブルとして噴出する、という事態は、容易に想像できます。まさに、失って初めてその大切さに気づく、ということです。

従って、そのようなリーダータイプAのリーダーを組織にとどめておくためには、表面的な事象だけでなく、「なぜこの平和が保たれているのか」について、より深く洞察する必要があるのだと思います。

2021年5月4日火曜日

クブルスリー大将「私の権限は手順を守らせるためにあるのであって、破らせるためにあるのではない」(本伝第19話)

銀河帝国で皇帝崩御に伴う大規模な内戦が勃発しようとしている頃、自由惑星同盟ではラインハルトが送り込んだスパイ、アーサー・リンチ元同盟軍少将によるクーデター計画が着々と進められていました。

その作戦の手始めとして狙われたのが、シドニー・シトレ元帥の後任となったクブルスリー統合作戦本部長です。宇宙艦隊司令長官となったビュコック大将が「分かった人物」と評したように、華々しい武勲はないものの、まともな人物だったと思います。

そのクブルスリー大将の前に現れたのが、アムリッツァ星域会戦の作戦を立案したフォーク准将です。フォークは病気療養中でしたが、軍への早期復帰をクブルスリーに願い出ます。そのフォークに対するクブルスリーのカッコいい返答が、「私の権限は手順を守らせるためにあるのであって、破らせるためにあるのではない」です。ここまでは良かった。

クブルスリー大将「私の権限は手順を守らせるためにあるのであって、破らせるためにあるのではない」(本伝第19話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第19話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

問題はこの後です。実は、フォークのこの申し入れは、擬態でした。彼の真の目的は、クブルスリーの暗殺です。断られた直後、フォークはブラスター(拳銃)を抜き、クブルスリーを撃ちます。クブルスリーは死亡しませんでしたが、重傷を負い、表舞台から去っていくことになりました。

今回の一つ目の学びは、権限のあるべき姿をリーダーが守る、という点です。クブルスリーのこの言葉は全くその通りですが、世の中のリーダーは、実は自分から手順を破っていることが多いのではないでしょうか。アムリッツァ星域会戦の作戦案が評議会を通ったのも、自由惑星同盟のリーダーたる評議会議長が手順を無視したからです。ビジネスの世界でも、自分は手順を破るのに、部下には押し付ける人がいます。また、自分も部下にも手順破りを容認している人さえいます。そんな世の中で、クブルスリーのこの一言は、非常にまともで価値のある一言だったと思います。

もう一つの学びは、リーダーはリスクを最大限気にするべし、という点です。ここの場面、脇が甘いとしか言えないことが満載なことにお気づきでしょうか。フォーク准将は病気療養中のため、そもそも統合作戦本部に入場する権限はなかったと思われます。しかし、彼は簡単に中に入り、しかも統合作戦本部長と直接会話できてしまっています。リスク管理をしっかりしていれば、そんな場面は起こりえなかったはずです。また、クブルスリーを守るはずのSP達は、守るどころか遠巻きに事の次第を見守っています。クブルスリー自身も、フォークの登場を全く不審に感じることなく受け入れ、しかも説教することに集中しすぎてブラスターを抜かれるまで行動できませんでした。

クブルスリー本人というより、自由惑星同盟の軍部自体が緩んでいたのだと思いますが(また、そこにうまく付け込んだクーデター側のファインプレイとも言えますが)、リーダーと取り巻きがこんな杜撰なリスク管理をしていると、敵の思う壺に簡単に嵌ってしまう、本件はその好例だと思います。

2021年5月2日日曜日

アントン・フェルナー「社会にとっての損失だとお思いになりませんか」(本伝第18話)

リップシュタット連合軍(反皇帝派門閥貴族)の中には、皇帝を擁立するラインハルトが戦争の天才であり、艦隊戦になったら勝ち目がないと認識していた有識者がいました。ブラウンシュヴァイク公爵の部下、シュトライト准将とフェルナー大佐です。2人はラインハルトの暗殺を公爵に提案しました。しかし、「必勝の信念のない者に居場所はない」として、ブラウンシュヴァイク公は彼ら2人を罷免してしまいます。

このうち、諦めなかったのがフェルナー大佐です。彼は私的に兵を集め、夜にラインハルト宅を急襲します。しかし、それはラインハルトの思う壺でした。フェルナーはキルヒアイスが待ち伏せをしている中に飛び込んで行ってしまい、万事休す。この時点で、フェルナー大佐は、全てがラインハルトの掌の上で展開していること、そして貴族連合軍に到底勝ち目がないことを悟ります。

フェルナーの本当に凄いところは、捕えられた後です。彼は臆することなく「できますなら、閣下の部下にしていただきたいと思い、出頭しました」と言ってのけました。先ほどまで暗殺しようとしていたのに、です。

呆気に取られるラインハルトが「卿の忠誠心はどういう基準で左右されるのか」と尋ねると、忠誠心は価値の分かる人に捧げてこそ意味がある、価値の分からない人に捧げるのは、宝石を泥の中に放りこむようなもので、それは「社会にとっての損失だとお思いになりませんか」と回答します。この回答がラインハルトの心を掴み、彼は部下として取り立てられることに成功しました。

アントン・フェルナー「社会にとっての損失だとお思いになりませんか」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

フェルナー大佐はこの後、参謀長オーベルシュタインの手足となり活躍します。恐らく、オーベルシュタインが生涯で最も信頼する部下だったと思います。

ここでの学びは、自身の価値を基準に所属を決める、ということです。フェルナーは自身が立案した暗殺計画が受け入れられなかった時点で、ブラウンシュヴァイク公を半ば見限っていたと思います。この後の展開を考えると、艦隊戦でラインハルトに挑むより、門閥貴族の庭である帝都オーディンの白兵戦でラインハルトを討つ方が、はるかに成功確率は高かったと思われます。しかし、メンツにこだわって、ブラウンシュヴァイク公は彼の案を拒否しました。

フェルナーの面白いところは、その時点で見限ってラインハルトにつけば良いのに、暗殺計画を実行した点です。彼は、恐らくラインハルトの力量も試したのだと思います。そして、自身が思っていた以上の人物だと悟り、ラインハルトに下りました。

現代社会でも、終身雇用の文化が崩れつつある中、フェルナーのように自身の価値観を基準に所属を決めるべきだと思います。特に、ある会社に「就社」するという考え方は、リスクの大きい考え方になりつつあると思います。理由は以下3つです。

 1.選んだ会社が、この先ずっと存在するとは限らない

 2.会社と自身の需要と供給がマッチしない可能性がある

 3.会社依存で選択肢のない会社人生活は、心を蝕む可能性がある

1と2は、まさに今回のフェルナー大佐に当てはまります。門閥貴族が拠り所とするゴールデンバウム王朝銀河帝国は、この後、数年の間に消滅しますし、需要と供給がマッチしなかったのは、フェルナーとブラウンシュヴァイク公の関係では明らかです。3は人一倍図太いフェルナー大佐には該当しませんが、普通の人間がブラウンシュヴァイク公のような主人の下で働き続けると、やはり心を病んでしまうのではないかと思います。

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