自由惑星同盟軍のクーデターの首謀者は、統合作戦本部の元総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将でした。彼は帝国軍ローエングラム侯ラインハルトが送り込んだスパイ、アーサー・リンチによるクーデター計画に乗り、実行に移しました。
しかし、グリーンヒル大将は野心家ではありません。むしろ、軍国主義的な雰囲気の強い同盟軍の中でも、分別のある良識派の一人でした。そんな彼がなぜクーデターを起こしたのか、その答えが、彼が亡き妻の墓参りをするこのシーンで語られています。
当時の自由惑星同盟は、民主主義が崩壊しつつありました。己の利権を追及する政治家、その政治家に責任を丸投げして政治に関心を持たない市民。そして、その状況を憂慮し、自らが状況を変えるキーマンになろうとする軍部。同盟軍の中では、特に若い層を中心に、自分達が国を変えるべきと考え、日々の鬱憤をため込んでいる姿は、想像に難くありません。
そんな彼らに出口を作る、その思いで、グリーンヒル大将はアーサー・リンチのクーデター計画に乗ることになります。まさに、「こうするより他に手段がなかったのだ」ということです。この言葉は「若い人たちは性急でな。私が立ち上がらなかったら、誰が彼らを止められるだろうか…」と続きます。もしかしたら、彼にとって、クーデターの成否や、自身の行く末は、あまり関係なかったのかもしれません。
ここでの学びは、良識派ほど貧乏くじを引く、という点です。グリーンヒル大将の選択を蔑むつもりはありません。彼の行動は、結果として間違いだったと記録されるでしょうが、当時の状況から、最善と思われる行動を本人として採った、ということですので、責められるものではないと思います。
しかしながら、本当に無責任な人は、こういう役回りを引き受けないと思います。あれこれ理由をつけて、逃げ回った挙句、引き受けそうな責任感の強い人間に押し付けるのが常です。そして、今回も現体制や軍部の不穏な動きを憂慮し、責任感と良識の塊であるグリーンヒル大将が引き受けることになった。こういう話は、なにも銀河英雄伝説の中だけでなく、現実社会、ビジネス世界の中でも、あふれています。そして、無責任な人間がつらい役回りを避けて出世し、責任感と良識のある人間が貧乏くじを引いて、時に倒れるのです。
そして、もう一つの学びは、潮流に真っ向から逆らうのは得策ではない、という点です。当時、自由惑星同盟の民主政治が腐敗の一途を辿っているのは、少し知識のある人間からすると、当然の事実として認識されていたと思います。そして、歴史的に見ても、それはある程度不可逆的であり、結末は国家の消滅(アテネなど)、専制君主の誕生(銀河英雄伝説の世界だと皇帝ルドルフ、現実世界だとローマやナチス)、今回のようなクーデター(直近だとミャンマー)になるのがオチでしょう。
その大きすぎる流れ、潮流に対して、真正面から、しかも単独で臨むのは、勇気ある行動というより、無謀ではないでしょうか。これより少し後、ヤン・ウェンリーは同盟政府を打倒するのではなく、銀河帝国の新体制と共存させることで、アンチ・テーゼとしての民主主義を細く長く存続させるというプランを立てました。自由惑星同盟の歴史的責任を、そのくらいのレベルの命題にまで小さくしないと、国としての能力に見合わないという見立てもあったと思います。
他方で、グリーンヒル大将は、真っ向勝負に出ました。主観で見る当事者と客観的な読者では持っている情報量が違うのでアンフェアではありますが、もしグリーンヒル大将が少しでも勝つ気でいたのであれば、この時代の潮流をもう少し慎重に読みきる必要があった、と思います。彼が思っているよりもはるかに、自由惑星同盟は疲弊していて、もはや建国時の理想は存在しない。もう元には戻れない。そうした前提の元に計画が組み立てられていたら、また違った結果になったのではないか、と思います。
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