2021年4月25日日曜日

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「特権は人の精神を腐敗させる」(本伝第18話)

貴族連合軍(リップシュタット連合軍)の当主ブラウンシュヴァイク公爵は、皇帝を擁立するラインハルトが戦争の天才であることを認識していました。そのため、貴族連合艦隊を自ら率いるのではなく、能力のある職業軍人に任せようとしました。そこで白羽の矢が立ったのが、メルカッツ上級大将です。

メルカッツ提督は門閥貴族達に媚びを売らないため出世が遅れていましたが、アスターテ星域会戦でラインハルトの下で活躍したように、当時の帝国の中でも数本の指に入る実力の持ち主です。また、名前に「フォン」が入っている通り、帝国貴族の一員でもあります。しかし、メルカッツ提督は内戦に関与する気が無く、ブラウンシュヴァイク公による総司令官就任への誘いに対し、何度もお断りを入れていました。

そこで、ブラウンシュヴァイク公は最終手段に出ます。メルカッツ提督を私邸に呼び、娘を犠牲にするか、司令官に就くか、選べと脅迫したのです。メルカッツは最終的に脅迫に屈しますが、その際、「軍事に関する全権を自身が持つこと」、「軍規に違反したものは、門閥貴族といえど厳罰に処すこと」をブラウンシュヴァイク公に約束させます。

しかし、メルカッツは実際はうまくいかないと考えていました。その帰り道に、副官のシュナイダー少佐に、次のように語ります。「ブラウンシュヴァイク公はすぐに作戦に関与してくるだろうし、軍規にも従うまい。そのうち、ローエングラム侯よりも私の方を憎むようになるさ。特権は人の精神を腐敗させる。自分を正当化し他人を責めることは、彼らの本能のようなものだ。かくゆう儂も軍隊で下級兵士に接するまでは、そのことに気づかなかったが…」。

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「特権は人の精神を腐敗させる」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びの一つは、特権の麻薬性、です。人は一度特権を持つと、メルカッツの言うように、全ては自分のため、他人のせい、という、人間の究極の欲と密結合してしまいます。また、それを失うことへの異常な恐怖心もセットになり、特権を守るために特権を行使し続けるという悪循環(行使者からすると好循環)が生まれます。それは、何かを新たに得るために努力する、という真っ当で健全な知恵の獲得とは、180度方向の異なる精神構造を強固に育てるサイクルだと思います。

そういった状況は、現代社会でもそこら中にあるのではないか、と思います。世襲に近い政治家集団、天下りなどの行政とビジネスの癒着、スクールカーストなど。ここで知っておくべきことは、特権が当たり前の人々から距離を置くべきであることだと思います。彼らの考え方を変えるという試みは、多くの場合、無益と思われるからです。

もう一つの学びは、違う世界に接することの重要さ、だと思います。メルカッツは貴族ですが、彼は下級兵士との交わりの中で、貴族社会の奇妙さに気づくことになります。その気づきによって、彼は下級兵士達を差別せず扱うことができたでしょうし、妙な偏見を持たずに戦略や戦術を組み立てることができたのだろうと思います。また、先の話ではありますが、亡命先の自由惑星同盟で彼が受け入れられたのも、そういった気づきを若いうちから得ていたことと無関係ではないと思います。(もちろん、後見人だったヤンの存在も大きかったと思いますが)。

2021年4月21日水曜日

エルネスト・メックリンガー「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられる獅子の群れを駆逐するという」(本伝第18話)

反皇帝派(というより、反ラインハルト派)の門閥貴族達が、ブラウンシュヴァイク公爵を当主とする連合(リップシュタット連合軍)を組むという報告が、参謀長オーベルシュタインによってラインハルトの下に届けられます。

もともと門閥貴族達の兵力はラインハルトの兵力をかなり上回っていましたが、烏合の衆であるため、取るに足らないと考えられていました。しかしながら、貴族連合軍総司令官の名前を知った艦隊司令官達は、耳を疑います。なぜならば、貴族連合軍の総司令官は、ラインハルトの実力を認めているはずの老練な提督、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将だったからです。

後年、帝国軍の宇宙艦隊総司令官となるミッターマイヤーとロイエンタールは、「この銀河で対等に戦えるのは、宰相閣下(ラインハルト)とヤン・ウェンリーとメルカッツだけ」と言っているだけに、その手腕は相当なものでした。

事の重大さを認識していないビッテンフェルトが「いかにメルカッツが率いるといっても、所詮烏合の衆だ」とキャラ通りに息巻きますが、芸術家提督メックリンガーが自身の役割を承知しているかのようにこう諭します。

一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられる獅子の群れを駆逐するという。油断はせぬことだ」。

エルネスト・メックリンガー「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられる獅子の群れを駆逐するという」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

このメックリンガーの一言は、チームプレイにおける真理をついていると思います。いわゆるリーダーシップの重要性です。

リーダーの交代が組織のパフォーマンスを劇的に変えることは、歴史の世界でもビジネスの世界でも、様々なところで証明されていると思います。スポーツでは監督やキャプテンの影響が非常に大きく、国家では元首のリーダーシップが国の行く末を左右します。能力の高いプレイヤーばかり集めてもうまくいかないのは、リーダーが不在か凡才だからだと思います。

少しこの場面とは違いますが、銀河英雄伝説の中でリーダーシップがうまく取れているのは、ラインハルト旗下の帝国軍ヤン・ウェンリーのヤン艦隊(イゼルローン駐留軍)(外伝の)ブルース・アッシュビー率いる730年マフィア、そして総大主教を頂点とする地球教といったところですが、それぞれリーダー像が異なるのが面白いところです。逆に、皇帝フリードリヒ4世同盟軍最後の国家元首ジョアン・レベロ、そしてフェザーン最後の自治領主ルビンスキーは、いまいちうまくリーダーシップを発揮できなかった例だと思います。このあたりのリーダーシップ像の違いは、それぞれの場面が出てきた際に考察してみたいと思います。

2021年4月18日日曜日

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)「そうしたものがたくさんあってはお邪魔でございましょう」(本伝第18話)

帝国の名門であるマリーンドルフ伯爵家の命運をかけ、伯爵家の長女であるヒルダは幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立するラインハルトを訪問します。(まだ勃発していませんが)帝国を二分する戦いになった際に、マリーンドルフ家はラインハルトにつくことを明言しに来たのでした。

貴族の助力など端から当てにしていなかったラインハルトですが、この情勢下にわざわざ味方になると言いに来るヒルダの識見に関心を持ち、協力要請を受け入れることとなります。

しかし、ここまでで帰らないのが、ヒルダの凄いところです。大して有利な状況になかったにも関わらず、マリーンドルフ家の家紋と領地を保証する公文書を、ラインハルトから入手することに成功してしまいます。恐らく、貴族の中で一番最初に動いたことが、功を奏したのだと思います。

更に、ヒルダの才覚が光輝いたのが、次の一言です。ラインハルトから「あなたが取りなしてくれる他の貴族の方々にも、同じような保証書が必要か」と問われ、即座に「そうしたものがたくさんあってはお邪魔でございましょう」と切り返しました。この時のヒルダの顔は策士そのもので、オーベルシュタインにも素で勝てるのではないかと思わせるほど才知に満ちたものだったと思います。

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)「そうしたものがたくさんあってはお邪魔でございましょう」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、交渉の際に、相手がYesと言う量のラインを見極める、ということです。

ラインハルトにとって、マリーンドルフ家のような中規模の貴族の助力というのは、取るに足らないものだったと思います。ヒルダの才覚は思わぬ誤算というべきで、そもそも大して計算に入れていなかったはずです。また、マリーンドルフ家の家門と領土の保証も、巨大な勢力ではありませんので、受け入れ可能な条件だったと考えられます。

しかし、多数の貴族の領土となると、話は別です。ラインハルトの大義名分は、(この時はまだ表に出てきてはいませんが)門閥貴族から平民を開放することにあります。その彼が、多くの貴族の領土を保証してしまうことは、自身の大義を否定することになってしまいます。そこまで読み切っていたため、ヒルダはマリーンドルフ家だけ保証すれば良い、と言ったのです。

「多数の貴族」への保証は受け入れないが、「ただ一つの貴族」の保証なら間違いなく受け入れ可能。だからその「ただ一つの貴族」になるために、誰よりも早く交渉に行く、というロジックでヒルダは動き、そして成功させました。

同様の状況は、現代社会でも起こりうると思います。誰でも、「一つや二つなら許せるけど、量が多くなると嫌」というものがあると思います。そこをうまく読み切って、一つ目や二つ目までを要求するように心がければ、交渉事は普段よりうまくいくのではないでしょうか。

2021年4月17日土曜日

パウル・フォン・オーベルシュタイン「終わりがめでたくなければ、喜劇とは言えないでしょうな」(本伝第18話)

幼帝派(エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立した宰相リヒテンラーデ侯爵)についたラインハルトの下に、苦悩する貴族達の様子が参謀長オーベルシュタインによってもたらされます。幼帝に味方するのか、外戚である門閥貴族ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵に味方するのか、貴族達にとっては死活問題でした。

そんな右往左往する貴族達の姿を「喜劇だ」と一笑したラインハルトに対し、オーベルシュタインが「終わりがめでたくなければ、喜劇とは言えないでしょうな」と冷たい言葉で諭します。

パウル・フォン・オーベルシュタイン「終わりがめでたくなければ、喜劇とは言えないでしょうな」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、プロセスがどうであれ、現実は結果が全て、という点です。ここまでの展開はラインハルトの読み通りで、このまま物事が進むと、邪魔者である門閥貴族と無能な貴族達が連合を組み、皇帝に対して反逆する。そしてそれをラインハルトが討ち、盤石の体制を築く。そんなシナリオが想定されていました。その中で、貴族達の動きは想像以上に滑稽だったため、「喜劇」の様相を呈していたと言えます。

しかし、貴族達が結集した場合、兵力も財力も幼帝派を上回ることは必至であるため、必ずしもラインハルトが勝てるとは限りません。プロセスが想定通りでも、結果が出なければ意味がない。そんなことはラインハルトも百も承知ではありますが、あえてここでオーベルシュタインが口を挟むことで、より厳しい戦いであることが浮き彫りになったと思います。

同様の場面は現在のビジネスでも起きることだと思います。途中まで読み通りに進んでいたとしても、最後に逆転されたり、足をすくわれたりということが、しばしば発生します。笑いたくなるような明るい見通しになったとしても、時々このオーベルシュタインの言葉を思い出して、気を引き締めて結果が出るまで全力を尽くすことが大切だと思います。

2021年4月11日日曜日

マリーンドルフ伯爵「マリーンドルフ家を道具にして、お前の生きる道を広げることを考えなさい」(本伝第18話)

銀河帝国は皇帝フリードリヒ4世の死後、2つの陣営のいずれにつくべきかが、貴族達の最大の悩み事でした。2つの陣営とは、幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立した宰相リヒテンラーデ侯爵とローエングラム候ラインハルトの陣営、門閥貴族のブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の陣営です。

後にラインハルトの秘書官となるヒルダの父、マリーンドルフ伯爵も同様に悩んでいました。帝国貴族として動くならブラウンシュヴァイク公につくのが本筋、しかし、皇帝に弓を引いてよいものか、しかも皇帝側には戦争の天才(ラインハルト)がいる、というのが、当時の貴族たちの一般的な悩みどころだったようです。

マリーンドルフ伯爵自身は、ヒルダによる「銀河帝国にもいつか終わりがくるし、そもそもこの戦いはローエングラム候が勝つ」という説得で、大きく皇帝派に傾きます。そしてその際に、「この家はお前が継ぐのだし、お前のやりたいようにやりなさい。マリーンドルフ家を道具にして、お前の生きる道を広げることを考えなさい」と言って、ヒルダをローエングラム候ラインハルトの下に送り出すのです。

マリーンドルフ伯爵「マリーンドルフ家を道具にして、お前の生きる道を広げることを考えなさい」(本伝第18話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第18話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここには理想的な親と子の関係、家と子の関係が描かれているように思います。貴族に限らず、親というものはつい、親、家、子供たちの間で、主従の関係を想定しがちです。すなわち、親と家が主で、子供たちはそれに従うという考え方です。そのため、家が貴族だから門閥貴族につく、とか、家や親のために子供たちの選択肢を限定してしまうことになってしまいます。

しかし、マリーンドルフ伯爵にとっては、そうではありませんでした。子供(ここではヒルダ)が主で、親や家は従です。親と家は、手段としてヒルダの進みたい道をサポートする側に回っています。子には子としての人生があり、親や家は子を束縛するものではない。当時の貴族としては、特筆すべき柔軟性と包容力のある人物だったことがうかがえます。そしてそのことが、伯爵自身の後の栄達(本人にとっては不本意なものでしたが)に繋がったのだと思います。

2021年4月10日土曜日

ジークフリード・キルヒアイス「形式というのは必要かもしれませんが、バカバカしいことでもありますね」(本伝第17話)

アムリッツァ星域会戦後、銀河帝国では灰色の皇帝フリードリヒ4世が亡くなりました。ラインハルトは幼年の跡継ぎ皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を擁立した宰相リヒテンラーデ侯と組み、門閥貴族であり前帝の外戚だったブラウンシュヴァイク公およびリッテンハイム侯と激しく対立します。

全面対決の時が近づくに連れ、ラインハルトには自由惑星同盟の動きを牽制しておく必要がありました。門閥貴族を討伐する途上で、帝都を襲われる可能性があるためです。そこで、ラインハルトは捕虜の交換にかこつけて、工作員(元同盟軍少将アーサー・リンチ)を自由惑星同盟に送り込むことにしました。

捕虜交換式は、帝国軍のキルヒアイス提督と同盟軍のヤン・ウェンリー(イゼルローン要塞総司令官に就任しています)の間で行われ、表面上和やかな雰囲気で進みます。しかし、その裏側では、キルヒアイスとヤンの間で、恐らく無意識ではありますが、互いの意図の読み合いと鋭い人物観察が行われていました。その際に発したキルヒアイスの一言が、「形式というのは必要かもしれませんが、バカバカしいことでもありますね」という言葉です。それに対して、ヤンは一言「同感です」と答えています。

ジークフリード・キルヒアイス「形式というのは必要かもしれませんが、ばかばかしいことでもありますね」(本伝第17話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第17話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

このやり取りの中で、キルヒアイスはヤンが帝国軍の意図を読み切っていること、そしてそれにも関わらず捕虜交換に応じたこと、という点に気づいています。他方で、ヤンも帝国軍が捕虜に工作員を紛れさせていることを確信しています。それが捕虜交換式という形式でヴェールに包まれている、ということに対し、お互い共感しているということだと思います。

ここでの学びは、同じ域に達した者同士には、腹の内が自動的に見えてしまう、という点です。そんな漫画みたいなことが現実に起きるのか、と思いがちですが、実際のビジネスの場面でも、同じ域に達していると思考回路が似てきますので、次に打ってくる手を読めたりします。そしてお互いが次の手、次の次の手を読み合いながら、より多くの時間を検討に使えた方が勝つ、ということになりがちです。そのため、どちらか一方が勝ち続けることは少なく、互いに勝ち負けを繰り返す関係になる、それが本当の意味での好敵手(ライバル)なのだと思います。戦争の世界ではそんなことも言ってられませんが。

もう一つの学びは、類は友を呼ぶ、ということです。キルヒアイスとヤン・ウェンリーは、この時お互いの考え方も似ていることに気づいています。(ヤンは後にそれを公言しますし、キルヒアイスも「友にできれば」とラインハルトに語っています)。お互いが同類であるということは、誰かに言われて気づくことではなく、また理屈でもなく、生物的な反応としてお互いに分かるものではないか、と思います。居心地の良さや会話のスムーズさ、また逆説的ですが同じ空間に無言でも耐えられるかどうか、といった点が、それを測るバロメータになります。

ここでの二人の雰囲気はまさにそれで、将来互いが互いのキーマンになることが分かった瞬間なのだろうと思います。もっとも、残念ながら、キルヒアイスが早逝することで、この二人の理想の組み合わせは実現しなかったのですが。

2021年4月4日日曜日

シドニー・シトレ「妙なものだ…トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」(本伝第16話)

アムリッツァ星域会戦で惨敗した自由惑星同盟では、戦争に反対していた各人の境遇はそれぞれ異なるものでした。

最高評議会の国防委員長トリューニヒトは、戦争に賛成した議長に代わって、議長代理の座につきます。同じく反対していたジョアン・レベロ財務委員長とホワン・ルイ人的資源委員長は留任されますが、トリューニヒトほど優遇はされませんでした。

軍部では生き残ったヤン・ウェンリーとビュコックは大将に昇進し、それぞれイゼルローン要塞の司令官、宇宙艦隊総司令官職につきました。キャゼルヌは地方に左遷、そして、統合作戦本部長のシドニー・シトレは引責辞任することになりました。

こうして見ると、今回の戦いで最も利を得たのは、トリューニヒトということになります。TVショーでスポットライトを浴びるトリューニヒトの姿を見て、シトレがこうつぶやいた通りです。「妙なものだ。同じく戦争に反対していたのに、我々は軍を追われ、トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」。

シドニー・シトレ「妙なものだ…トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」(本伝第16話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第16話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

この差はどうして生じたのでしょうか。そこに今回の学びがあると思います。

結果論ですが、トリューニヒトは失敗するという結果まで読みきって、それを手段として利用する目的で反対し、シトレは本質的に反対した、というところの違いではないか、と思います。どちらの行動も学ぶことの多いものだと思います。

学びの一つは「起きたことは最大限利用する」ということです。トリューニヒトは様々な方面からの情報を踏まえ、フォーク准将に持ち込まれた今回の戦争が無謀であることは分かっていたように思います。そのため、ここで反対意見を投じる賭け(しかもかなり有利な賭け)をして、それに難なく勝った、ということなのだと思います。あまり好意的に評価される人物ではありませんが、このあたりの抜け目のなさは、学ぶところが多いです。

そして、もう一つは「自身のポリシーを貫く」ということです。シトレは持論に従い今回の戦いに反対を表明しました。そして、失敗後は潔く身を引いています。「自分はもともと反対だった」などと変に騒ぎ立てず、飛ぶ鳥後を濁さずに去っていきました。その結果、彼は後の軍部高官(ロックウェル大将など)や政治家達(トリューニヒト、レベロ達)が被る誹謗中傷とは無縁に生きることができたのだと思います。
※もっとも、ヤンの死後、身を引いたという自身の行動を本人は相当後悔していますが。

2021年4月3日土曜日

アレックス・キャゼルヌ「誰も責任を追及されない社会よりまともってもんだ」(本伝第16話)

自由惑星同盟史上最大の銀河帝国侵攻作戦(最後の最終決戦の場の名を借りて、アムリッツァ星域会戦と呼ばれる)は、同盟軍の惨敗に終わりました。約3000万人を動員して2000万人が戦死し、8人の艦隊司令官のうち5人が戦死か捕虜となりました。一方の帝国軍は、戦死者は200万人、艦隊司令官の犠牲はゼロです。

戦争を可決した最高評議会議員は、反対した3名(トリューニヒト、レベロ、ホワン・ルイ)以外は辞職。軍部も、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥、最高司令官ラザール・ロボス元帥ともに引退となり、評議会に作戦案を持ち込んだフォーク准将は病院療養となっています。

そんな中、作戦の後方補給担当だったアレックス・キャゼルヌ(ヤンの士官学校の先輩)も、補給失敗の責任から、地方の補給基地の司令官職に左遷されることになりました。もっとも、補給の失敗といっても、帝国軍のラインハルトが仕掛けた焦土作戦によるものであり、彼自身の落ち度ではありません。

そう分かっていながらも、「誰も責任を追及されない社会よりまともってもんだ」と言えるキャゼルヌは、良識のある大人であり、同盟軍の宝であり、そしてヤンや後輩アッテンボローにとって道標となる先輩なのだと思います。

アレックス・キャゼルヌ「誰も責任を追及されない社会よりまともってもんだ」(本伝第16話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第16話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

さて、ここでキャゼルヌが言及している「誰も責任を追及されない社会」ですが、恐らく銀河帝国の貴族社会のことを指しているのだと思います。貴族社会では、貴族は何をやっても責任を取らず、逆に平民は何もしなくても責任を取らされました。自由惑星同盟は、今のところそういう社会ではなく、平等に責任が追及される社会でした。

しかしながら、このアムリッツァ星域会戦の惨敗は、同盟の社会構造に亀裂を生じさせます。トリューニヒト閥の政治家達が貴族のようにふるまう時代の呼び水となったからです。他方で銀河帝国の方は、ラインハルトによって貴族社会が崩壊し、平等に責任が追及される社会に改革されていきました。

ここでの学びは、誰かが不当に守られる社会・組織に属するな、という点です。これは何も国家単位の大きな話だけではなく、学校やビジネスの世界にも言えることだと思います。どこの世界でも、責任を取らない誰かが、組織構造上放置(あるいは優遇)されている場合があります。これはその本人の資質の問題もありますが、組織構造そのものに致命的な欠陥があるということだと思います。そして、その組織構造上の欠陥は、長い時間をかけて醸成されたものが多く、個人の力ではたいていどうしようもないことが多いです。

責任が平等でない社会・組織は、守られる側にとっても、そうでない側にとっても不幸な社会・組織です。守られる側は、それが当たり前になり、その社会・組織以外で生きていく術を失っていきます。居心地が良いだけに、自分の力でそこから抜け出すことは困難です。逆にそうでない側にとっては、身に覚えのない責任を追及されることになります。

そんな社会・組織に属していると感じたら、あるいはそのような社会・組織になりつつある場合は、一刻も早くそこから抜け出す算段をすべきだと思います。

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