反皇帝派(というより、反ラインハルト派)の門閥貴族達が、ブラウンシュヴァイク公爵を当主とする連合(リップシュタット連合軍)を組むという報告が、参謀長オーベルシュタインによってラインハルトの下に届けられます。
もともと門閥貴族達の兵力はラインハルトの兵力をかなり上回っていましたが、烏合の衆であるため、取るに足らないと考えられていました。しかしながら、貴族連合軍総司令官の名前を知った艦隊司令官達は、耳を疑います。なぜならば、貴族連合軍の総司令官は、ラインハルトの実力を認めているはずの老練な提督、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将だったからです。
後年、帝国軍の宇宙艦隊総司令官となるミッターマイヤーとロイエンタールは、「この銀河で対等に戦えるのは、宰相閣下(ラインハルト)とヤン・ウェンリーとメルカッツだけ」と言っているだけに、その手腕は相当なものでした。
事の重大さを認識していないビッテンフェルトが「いかにメルカッツが率いるといっても、所詮烏合の衆だ」とキャラ通りに息巻きますが、芸術家提督メックリンガーが自身の役割を承知しているかのようにこう諭します。
「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられる獅子の群れを駆逐するという。油断はせぬことだ」。
このメックリンガーの一言は、チームプレイにおける真理をついていると思います。いわゆるリーダーシップの重要性です。
リーダーの交代が組織のパフォーマンスを劇的に変えることは、歴史の世界でもビジネスの世界でも、様々なところで証明されていると思います。スポーツでは監督やキャプテンの影響が非常に大きく、国家では元首のリーダーシップが国の行く末を左右します。能力の高いプレイヤーばかり集めてもうまくいかないのは、リーダーが不在か凡才だからだと思います。
少しこの場面とは違いますが、銀河英雄伝説の中でリーダーシップがうまく取れているのは、ラインハルト旗下の帝国軍、ヤン・ウェンリーのヤン艦隊(イゼルローン駐留軍)、(外伝の)ブルース・アッシュビー率いる730年マフィア、そして総大主教を頂点とする地球教といったところですが、それぞれリーダー像が異なるのが面白いところです。逆に、皇帝フリードリヒ4世や同盟軍最後の国家元首ジョアン・レベロ、そしてフェザーン最後の自治領主ルビンスキーは、いまいちうまくリーダーシップを発揮できなかった例だと思います。このあたりのリーダーシップ像の違いは、それぞれの場面が出てきた際に考察してみたいと思います。
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