貴族連合軍(リップシュタット連合軍)の当主ブラウンシュヴァイク公爵は、皇帝を擁立するラインハルトが戦争の天才であることを認識していました。そのため、貴族連合艦隊を自ら率いるのではなく、能力のある職業軍人に任せようとしました。そこで白羽の矢が立ったのが、メルカッツ上級大将です。
メルカッツ提督は門閥貴族達に媚びを売らないため出世が遅れていましたが、アスターテ星域会戦でラインハルトの下で活躍したように、当時の帝国の中でも数本の指に入る実力の持ち主です。また、名前に「フォン」が入っている通り、帝国貴族の一員でもあります。しかし、メルカッツ提督は内戦に関与する気が無く、ブラウンシュヴァイク公による総司令官就任への誘いに対し、何度もお断りを入れていました。
そこで、ブラウンシュヴァイク公は最終手段に出ます。メルカッツ提督を私邸に呼び、娘を犠牲にするか、司令官に就くか、選べと脅迫したのです。メルカッツは最終的に脅迫に屈しますが、その際、「軍事に関する全権を自身が持つこと」、「軍規に違反したものは、門閥貴族といえど厳罰に処すこと」をブラウンシュヴァイク公に約束させます。
しかし、メルカッツは実際はうまくいかないと考えていました。その帰り道に、副官のシュナイダー少佐に、次のように語ります。「ブラウンシュヴァイク公はすぐに作戦に関与してくるだろうし、軍規にも従うまい。そのうち、ローエングラム侯よりも私の方を憎むようになるさ。特権は人の精神を腐敗させる。自分を正当化し他人を責めることは、彼らの本能のようなものだ。かくゆう儂も軍隊で下級兵士に接するまでは、そのことに気づかなかったが…」。
ここでの学びの一つは、特権の麻薬性、です。人は一度特権を持つと、メルカッツの言うように、全ては自分のため、他人のせい、という、人間の究極の欲と密結合してしまいます。また、それを失うことへの異常な恐怖心もセットになり、特権を守るために特権を行使し続けるという悪循環(行使者からすると好循環)が生まれます。それは、何かを新たに得るために努力する、という真っ当で健全な知恵の獲得とは、180度方向の異なる精神構造を強固に育てるサイクルだと思います。
そういった状況は、現代社会でもそこら中にあるのではないか、と思います。世襲に近い政治家集団、天下りなどの行政とビジネスの癒着、スクールカーストなど。ここで知っておくべきことは、特権が当たり前の人々から距離を置くべきであることだと思います。彼らの考え方を変えるという試みは、多くの場合、無益と思われるからです。
もう一つの学びは、違う世界に接することの重要さ、だと思います。メルカッツは貴族ですが、彼は下級兵士との交わりの中で、貴族社会の奇妙さに気づくことになります。その気づきによって、彼は下級兵士達を差別せず扱うことができたでしょうし、妙な偏見を持たずに戦略や戦術を組み立てることができたのだろうと思います。また、先の話ではありますが、亡命先の自由惑星同盟で彼が受け入れられたのも、そういった気づきを若いうちから得ていたことと無関係ではないと思います。(もちろん、後見人だったヤンの存在も大きかったと思いますが)。
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