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2021年11月13日土曜日

オスカー・フォン・ロイエンタール「敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」(本伝第29話)

帝国軍によるイゼルローン要塞の奪還を確実にするため、
 ・イゼルローン要塞からヤン・ウェンリーを引き離す
 ・ガイエスブルク要塞を移動要塞化しイゼルローン回廊に大軍を送り込む
という二つの策謀が同時並行で進んでいる頃、帝国軍の双璧、オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーの両提督は、食後の談笑をしていました。

その中で話題に上がったのは、4年前に彼らが初めてローエングラム侯爵ラインハルト(当時は旧姓を名乗っていたため、ラインハルト・フォン・ミューゼル)をその目で見た時の印象でした。彼らの会話は、以下のとおりです。

ミッターマイヤー「どう思う、金髪の小僧とやらを」

ロイエンタール「昔から言うだろう、虎の子を、猫と見誤ることなかれ、と」

ミッターマイヤー「ラインハルト・ミューゼルは、卿の見たところ、虎か、猫か」

ロイエンタール「多分、虎の方だろう。姉が皇帝陛下のご寵愛を受けているとはいえ、敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」

オスカー・フォン・ロイエンタール「敵のやつらがそんなことに遠慮する理由はないからな」(本伝第29話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第29話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、偏見を捨てて客観的に事実を見ることが大事、ということでした。

当時、門閥貴族達の間で、ラインハルト・フォン・ミューゼルの評判は芳しくなく、「金髪の小僧」「姉のスカートの中に隠れている」と揶揄されていました。その評判は、実際に彼が陣頭に立っていくつかの戦いで勝利した後でも、大して変わりませんでした。

他方で、ロイエンタールの見解は適切で、ラインハルトという個人を見る際に、「姉が皇帝の寵姫である」、「飛びぬけて若い(当時はまだ十代)」、「顔が綺麗」といった観点を全て捨てて、ただ「戦いが強いかどうか」という点(つまり、成果)を見ています。また、その成果の測り方も、上官の評価やマスコミの評判などではなく、敵側の視点を用いたものでした。

この一見簡単なことが、現実世界ではなかなか難しいのだと思います。私が中学時代に小説を最初に読んだときは、「門閥貴族達は見る目がない」と、むしろ彼らに人を見る能力がないように思ったものでした。しかし、実際に自分が社会人になって人を見極める側に回った際には、どうしても学歴や風貌といった実績面以外に目が行ってしまいます。このあたり、言うは易く行うは難しの典型だと思います。

この偏見を避けるためには、実際に自分の目で確かめる、例えばビジネスの場合は短期間でも一緒に仕事をしてみる、といった方策が有効だと思います。実際、ファーレンハイトやメルカッツ、ミュッケンベルガーといった面々は、ラインハルトの仕事ぶり・有能ぶりを共に戦い肌で感じることで、偏見にとらわれることなく彼を評価することができるようになりました。(そういう意味では、一度も一緒に仕事をすることなく、ラインハルトを正しく評価できたロイエンタールの慧眼は恐ろしいの一言です)。

さて、ここでのもう一つの学びは、強すぎる光に惑わされない、という点です。

当時、ラインハルトの傍には、いつもキルヒアイスがいました。そして、目立つのは常にラインハルトであり、キルヒアイスは影のような存在で特に誰にも意識されていませんでした。(キルヒアイスに「個人的に」ご執心のヴェストパーレ男爵夫人は例外ですが)。

しかし、キルヒアイスの能力や人望、特に上級大将に昇進してからの彼の活躍は、ラインハルトに勝るとも劣らない素晴らしいものでした。このシーンの続きでロイエンタールが「キルヒアイスの力があれほどとは、さすがに気づかなかった」と述べている通りです。キルヒアイス本人は特に気にしていなかったはずですが、(無視されるという)不当な評価を受けていたと言えます。

どこの世界にも、ラインハルトのような目立つ存在、キルヒアイスのように影に隠れる存在、どちらも居ると思います。そして、目立つから有能、影だから無能、ということではなく、むしろキルヒアイスのような影の存在がラインハルトという光をより輝かせている可能性について、常に意識すべきだと思っています。

2021年9月12日日曜日

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)

銀河帝国においてローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの関係悪化にオーベルシュタインが拍車をかける中、未来の帝国軍の双璧、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督は、トランプのポーカーで勝負をしていました。

結果はどちらも同じ手だったのですが、ミッターマイヤーがジャックの3カードだったのに対し、ロイエンタールはクイーンの3カードで、ロイエンタールの勝ち。ミッターマイヤーは男性人気が高く、ロイエンタールは女性人気が高いので、それを反映したかのような結果であり、それはミッターマイヤーの「相変わらずご婦人に好かれるようだ」との一言に集約されています。

さて、ポーカーの激戦の最中、二人の間でキルヒアイスの件が話題に上がります。オーベルシュタインがナンバー2不要論を持ち出して、実質ナンバー2の立場にあるキルヒアイスの相対的な影響力を下げようと画策している件は、二人にとっては既成事実でした。

ここでミッターマイヤーがロイエンタールに呟いた大人の一言が、「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい。ことに、それが人間関係のことならば」でした。

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、理屈に合わなくても放っておくほうが良いことも多い、という点です。

オーベルシュタインは自身の理論を貫くため、ラインハルトに半ば強制的にキルヒアイスとの関係を改めさせようとしました。(これは、従ってしまったラインハルトの方に大きな問題があると思いますが)。単純化すると、オーベルシュタインの頭の中は、以下のような構成になっていると思います。理屈と整合していたら結果は良く、整合していなかったら結果は悪い、はずだ。白黒はっきりしていますし、正しいプロセスを取れば良い結果が出ると考えます。何かを判断する際に非常に役立つ考え方です。

オーベルシュタインの
考え方
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり100%0%
なし0%100%

しかし、ミッターマイヤーが言うように、世の中は理論的に正しければうまくいくというわけではありませんし、理論的には間違っていてもうまくいくことが多くあります。つまり、以下の表のようになるのが現実だと思います。

現実
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり50%より高い50%より低い
なし50%より高い50%より低い

理屈に合っていても、せいぜい成功確率が少し上がる、という程度という考え方です。ミッターマイヤーがこのような大人の考え方ができるのは、本人の資質もありますが、理屈で考えて正しく行動できたとしても、成功確率自体にはそれ以外の要素が大きく絡んでくる、ということを、実戦を通じて身をもって知っていたということに尽きると思います。その辺りが、オーベルシュタインや「理屈倒れ」のシュターデン提督と一線を画すところでしょう。

オーベルシュタインは新銀河帝国の時代にもラインハルトの下で名参謀として活躍しますが、この時ばかりは早計に過ぎたのではないかと思います。

2021年9月5日日曜日

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)

ヴェスターラントへの貴族連合軍の核攻撃の是非を巡って、銀河帝国のローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの間に生じた亀裂。これを修復しがたいものにしてしまったのが、ラインハルトの参謀長、オーベルシュタインの一言です。

「組織にナンバー2は必要ありません。部下の忠誠心は代替の効くものであってはならないのです。」

これは、キルヒアイスが事実上ナンバー2になっていること、そしてキルヒアイスがラインハルトに取って代わって支配者になる可能性があることを伝え、ラインハルトに注意を促した言葉でした。本伝を最初から読んだり観ている方には、「キルヒアイスはそんなことしない(なぜならラインハルトの姉アンネローゼの意に反することは絶対にしないから)」と分かっていますが、オーベルシュタインにはその辺りの機微な感情面は理解できず、上記のような正論を踏まえた警告に至ったのだと思います。

ラインハルトはこのオーベルシュタインの言葉に対し、「銀河全体が私に背いても、キルヒアイスは私に味方するだろう」と真っ向から反論しますが、その裏でオーベルシュタインに従い、キルヒアイスの特権を剥ぎ取ることに合意してしまいます。

その結果、悲劇が起こるのです(この話は悲しいので、ここでは触れません)。

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人間関係の悪化は加速がつく、という点です。

オーベルシュタインのこの言葉は、タイミングがここでなければ、たいした影響のないものだったと思います。彼がナンバー2不要論を唱えていることは周知の事実でしたし、いつものラインハルトであれば、それを言われたところで、「またか」という程度で、たいして気にも留めなかったはずです。このタイミングに至るまで、ラインハルトにとってのキルヒアイスの存在は、オーベルシュタインの正論を十分に凌ぐものだったと思います。

しかし、キルヒアイスとラインハルトとの間に亀裂が生じたこのタイミング、そして関係が悪化に向かって舵を切ってしまったタイミングで、このオーベルシュタインの言葉は効果が有り過ぎました。ラインハルトは言葉の上ではキルヒアイスを擁護しているものの、行動としてはキルヒアイスの特権(集会への銃の帯同や、ラインハルトの傍の位置)をはく奪しました(しかも、キルヒアイス本人に伝えることもなく)。これは、いつもであれば自動的に修復されてきた関係性が、もはや後戻りできないベクトルと加速度で傷口を広げてしまっていることを表しています。

勉学や仕事の世界でこのように最悪のタイミングで最悪な出来事が起きることはしばしば起こるものですが、特に人間関係でこういった事態が起きやすいのでは、と思います。というのも、人間関係を良好に保つには、双方の歩み寄りが必要ですが、人間関係を壊すには片方が縁を切れば十分だからです。以下の表のとおり、あるAさんとBさんがいたとして、4分の3の確率(概念的には)で人間関係の維持は困難となります。円満に関係が維持できるのは、4つのうち1つのパターンのみです。

【表:人間関係の維持は難しい】

Aさんの姿勢
歩み寄る拒絶する
Bさんの
姿勢
歩み寄る維持可能維持困難
拒絶する維持困難維持不可

また、ここでより重要なのは、ある人からある人への感情は、絶えず同じレベルを維持するのではなく、あるベクトルに向けて増減し、時々加速がつくことです。今回の場合、ラインハルトとキルヒアイスの互いへの関係性は歩み寄りから拒絶の方向に向き、そしてラインハルトのそれはオーベルシュタインのダメ押しによって加速力がついてしまいました。

実際に人間関係が壊れる当人になるのも避けたいところですが、同様にそれを助長する今回のオーベルシュタインのような役回りになるのも、生きていく上で避けるよう、心がけようと思います。

2021年8月29日日曜日

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)

自由惑星同盟でクーデターが終息した頃、銀河帝国ではブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトに敗北し、その戦後処理に入っていました。

その中で、大きな亀裂が浮き彫りになります。ヴェスターラントの核攻撃をめぐる対応に関して、ラインハルトと腹心キルヒアイスとの間に、見解の不一致が生じたのです。民衆を守ってこそ自身の正当性を確保できると主張するキルヒアイスに対し、少数の犠牲をもって大多数の幸福を手にしたと主張するラインハルト(もともとはオーベルシュタインの説です)。本当はラインハルトもキルヒアイスと同様に感じ、核攻撃を止めようとしたにもかかわらず、ここではラインハルトはまるでオーベルシュタインのように振舞います。

それでも食い下がり、ラインハルトを窘めようとするキルヒアイスに、ラインハルトは止めの一言を放ちます。「お前は、俺の何だ?」

そして、キルヒアイスは悲しげにこう答えたのでした。「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」。

ジークフリード・キルヒアイス「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、何かが壊れる瞬間を見逃してはならない、という点です。

この時、明らかにキルヒアイスのラインハルトに対する「モード」が変わったと思います。親友から単なる主従へ、本来お互い望んでいないはずの変化がそこにあり、かつそのサインをキルヒアイスの方から出していたのだと思います。それが、常日頃はラインハルトをファーストネームで呼ぶキルヒアイスが、あえて「ローエングラム侯」と敬称で呼んだことに表れています。

しかし、ラインハルトは気づきませんでした。ラインハルトは、今回の件は些細な行き違いであり、いつものように、時間が経てば修復されると思っています。しかも、折れるべきはキルヒアイスの方だと思っています。本当は、何ら義務のないキルヒアイスの方が、望んでラインハルトの下にいるだけなのですが、長年の二人の関係が、そのことを忘れさせてしまったのでしょう。

愛情関係や友人関係、ビジネスの信頼関係が壊れるときは、大抵はこのような「いつもの些細な行き違い」がきっかけになっていると思います。どちらかが、あるいはどちらもが、「相手がいつか分かってくれる」、「いつも通り時間が経てば元に戻るだろう」、と思ってしまい、対応が遅れ、取り返しがつかなくなるものだと思います。

仲が良ければ良いほど、そして仲の良い時間が長いほど、この致命的な瞬間を見逃しがちです。なぜなら、過去の「関係を修復できた」という数多くの実績が、修復できない可能性への考慮を妨げるからです。そのことを頭に入れて、本当に大切な関係については、むしろいつもと違う瞬間をとらえられるよう、頭の片隅にセンサーを置いておく方が無難なのだと思います。

2021年8月22日日曜日

ヤン・ウェンリー「政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ」(本伝第24話)

アーサー・リンチによる真実の暴露により、自由惑星同盟のクーデター(救国軍事会議)は瓦解します。首謀者のグリーンヒル大将はアーサー・リンチに射殺され、アーサー・リンチも他の将校達に殺されました。

首都星ハイネセンを包囲していたヤン艦隊は、時を同じくして地上への降下作戦を開始しますが、既に戦う意思のないクーデター派は、グリーンヒル大将の代理としてエベンス大佐がヤン・ウェンリーとの交渉に当たります。

その交渉の中で、「政治の腐敗を正すために我々は立った。自らの栄達や保身のみを考えるトリューニヒトなどよりもずっと崇高な理念の元に戦った」と、自らの正当性を主張するエベンス大佐。しかし、ヤンは次の一言で、彼らの正当性の主張に真っ向から反論します。

「政治家が賄賂を取ることが政治の腐敗ではない。それは政治家個人の腐敗にすぎない。政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ。貴官たちは言論を統制した。その一点だけでも、今の政治家達を批判する資格はない」。

ヤン・ウェンリー「政治家が賄賂をとっても、それを批判できない状態を政治の腐敗と言うんだ」(本伝第24話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第24話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、個人の不備と仕組みの欠陥を取り違えてはいけない、ということだと思います。

エベンス大佐の言葉は、特にその状況の当事者となった場合、反論の余地のないもののように見えます。賄賂が横行する政治。政治家ではなく政治屋がはびこる議会。そして、政治屋達に権力を行使され翻弄される軍部。軍部の兵士や良識ある市民の立場からすると、そういった政治屋達を一掃することは、善悪だけで考えると、善行のように思えるのではないでしょうか。そして、クーデターに純粋に取り組んでいたメンバーは、皆多かれ少なかれ、そのような善を行うつもりで参加していたに違いありません。

しかし、その考え方をヤンは一刀両断しました。グリーンヒル大将やエベンス大佐達は、政治屋個々人の腐敗を断罪するために、仕組みそのものを専制側(言論統制といった民主制に反する仕組み)に変えようとしました。しかし、腐敗した政治屋を一掃するために民主主義を捨ててしまうのならば、なんのために民主主義の総本山たる自由惑星同盟が存在するというのか。行きつく先は自己矛盾です。

もしここまでのシナリオを、銀河帝国のローエングラム侯爵とオーベルシュタインが考えてアーサー・リンチに与えていたのだとすると、非常に皮肉の籠った秀逸なシナリオと言わざるを得ません。なぜなら、もしクーデターが成功していたら、世界に残る国家はどちらも専制国家であり、民主制国家がこの世から消えてしまうことになるのですから。

同様のシーンは、小粒ながらもビジネスの世界でもありえると思います。何かがうまくいかない、問題ある事象が存在する場合、そもそもの仕組み(会社のルールなど)が悪いのか、それを運用する個人やチームの側に問題があるのか、うまく切り分けないといけないと思います。ここで見立てを誤って、本来運用に問題があるのに仕組みを変えてしまっては、うまくいくはずのものも頓挫することになります。と言いながら、こういう取り違えは、案外日常的に起こっているのではないかと、個人的には思います。

2021年8月18日水曜日

アーサー・リンチ「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」(本伝第24話)

銀河帝国でブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトの下に敗北したのとほぼ同じ頃、自由惑星同盟のクーデターも終結に向かっていました。

ルグランジュ提督の第11艦隊を失い、首都星ハイネセン以外の援軍もなく、日々孤立感を深めているところに、ヤン・ウェンリー率いる第13艦隊から「クーデターは銀河帝国のローエングラム侯の策略」という寝耳に水のアナウンスが全土に流れます。(ちなみにこのアナウンスを流したのは、元クーデター派のバグダッシュです)。

このアナウンスには、グリーンヒル大将始め「真面目に」クーデターに取り組んでいた人々にとって驚き以外の何物でもありませんでした。彼らは自らの意思でクーデターを起こしましたので、「銀河帝国の差し金」と言われるのは、あからさまな侮辱でした。

しかし、このクーデター計画を持ち込んだアーサー・リンチは、ヤンの言葉が「事実」であることを知っていました。そして、言わなくてもいいのに、グリーンヒル大将他、クーデター派の将校の皆の前で、「ヤンが言っていることは全て真実」と暴露してしまいます。

グリーンヒル大将達にとって、このシーンは二度ビックリの大ドンデン返しです。祖国のために頑張っていたのに、実は敵国の片棒を担いでいたのですから。当然、リンチにこう聞きたくなります。「なぜこんなことをしたのか?帝国の将軍にしてやるとでも言われたのか?」。その当然な問いに対する超意外な答えが、これです。

「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」

アーサー・リンチ「別に誰でもよかったが、自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ」(本伝第24話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第24話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、未来も良心も守るべきものも捨てた人間に絶対近づいてはいけない、ということです。

グリーンヒル大将は軍部で数少ない良識派であり、まともな人間と付き合っていれば、まともな人生を享受できる人だったと思います。反逆者の汚名を着せられて殺されるような、悲惨な人生を終わり方をすべき人では決してありません。

しかし、彼は傍に置く人物を間違えてしまいました。

アーサー・リンチのように、自分の未来がなくてもよい、と思い切ってしまった人間には、恥も外聞もありません。今死んでも良いわけですから、生きていく上で本来気にかけていくべき周囲の評判や好意を求める必要がないからです。また、彼は過去の事件(ヤンがエル・ファシルの英雄となった事件)の経緯から、「卑怯者」のレッテルを貼られていました。その結果、守るべきものである家族とともに、本来持っていたはずの良心も失ってしまいます。

守るものがなく、他人の目が気にならず、良心も捨てて卑怯に徹することのできる人間は、ある意味最強だと思います。今風に言うと、後天的なサイコパスなのだと思います。

そういう意味では、同じくグリーンヒル大将が傍に置いたフォーク准将より更に厄介です。フォーク准将は自意識超過剰の人物ですが、他人の評価は気にします。故に、とことんまでの卑怯にはなり切れませんし、感情もあります。フォーク准将の考え方は、量的に激しいものの、まともな人間にとって全く理解不能ではないと思います(異常ではありますが)。

しかし、リンチは違います。彼の考え方は、まともな人間には理解不能です。そして、未来も守るべきものも良心もある人間にとって、彼は天敵です。今回も「自分の正しさを信じて疑わない奴に、弁解のしようのない恥をかかせてやりたかった」という理解不能な理由で、グリーンヒル大将以下多くのまともな人間が、その人生を狂わされてしまったのです。

2021年8月9日月曜日

レオポルト・シューマッハ「そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!」(本伝第23話)

ブラウンシュヴァイク公爵によるヴェスターラントへの核攻撃は、自身が率いるリップシュタット連合軍を更に追い込んでいきます。ほぼ全ての植民星が離反し、ガイエスブルク要塞は完全に孤立してしまいます。敗北必至の現実から逃避すべく、大貴族達は連日無意味な宴会に身を投じていました。

そして、本来は持久戦に持ち込んで遠路遥々遠征に来ているローエングラム侯ラインハルトの軍の疲弊を待つべきところ、ヒロイックな美学に取りつかれたフレーゲル男爵以下現実感覚のない貴族達は、総大将のブラウンシュヴァイク公爵をも巻き込んで、華々しい玉砕をするために出撃していったのでした。

この出撃に巻き込まれた損な役回りが、前述のメルカッツ提督とシュナイダー少佐の主従コンビと、フレーゲル男爵の副官シューマッハ大佐です。

シューマッハ大佐は後方勤務がメインでしたが、貴族最優先の帝国軍の中で、平民でありながら着実に出世していった非常に有能な参謀でした。また、非常に忍耐強く、上官の無茶な命令にも黙々と従う、そんなタイプだったと思います。その彼が、上官たるフレーゲル男爵が「滅びの美学」を完成させるため、帝国軍の宿将達に戦艦の一騎打ちをしかけようと騒ぎ出した際に、堪忍袋の緒が切れて言い放ったのが、この言葉でした。

「滅びの美学ですって!そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!やりたかったら一人でおやりなさい!」

レオポルト・シューマッハ「そういう寝言を言っているから戦に負けるのです!もう沢山です!」(本伝第23話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第23話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

このように自身を否定する言葉を、生まれて初めて浴びせられ、フレーゲル男爵は一瞬動きが止まります。そして、時間差でこみ上げる怒りと共にブラスターを取り出そうとした刹那、フレーゲルは自分の部下達に一斉に狙撃され、命を落としました。恐らく、このやり取りを周りで見ていた部下達は、シューマッハの言葉を心の底から待っていたのだと思います。

ここでの学びは、きっかけ一つで周囲の行動が変わる、という点です。

この時点まで、貴族に平民がたてつくことは、常識としてあり得ない世界だったと思います。そのため、フレーゲルはシューマッハの言葉を瞬時には理解できませんでした。(そして、その時間がフレーゲルを死なせ、シューマッハを生き延びらせるのに必要な時間でした)。

しかし、リップシュタット連合軍の度重なる敗退、ヴェスターラントの虐殺、帝国全土における反貴族の趨勢、そういった時代の変化は、リップシュタット連合軍側の兵士達にもひしひしと感じられたと思います。そこに投げかけられた、フレーゲル男爵という大貴族の権化へのシューマッハの言葉が、フレーゲルを撃った部下達の行動を促すトリガーになりました。

このように、流れが出来上がりつつある中で、きっかけ一つで潮目が変わることは、現代社会の中でも少なくないと思います。ビジネスでも、ある一言がきっかけで、協力者が増えるということがあります。気が付いたら流れが自分に向いていて、無意識に発した言葉が相手のスイートスポットに刺さっていることもあります。

ここで注意すべきは、シューマッハという人が、言動一致せず周囲の信頼のない人物だったら、部下達は彼を救わなかったであろうということです。常に行動が伴う人による言葉であることが、周囲の行動を変えるトリガーとしては重要なファクターではないか、と思います。

2021年7月23日金曜日

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第23話)

大艦隊のほぼ全てを失い、反皇帝派のリップシュタット連合軍は敗北への道を突き進んでいました。そんな中、門閥貴族の領地ヴェスターラントで暴動が起き、総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥、シャイド男爵が民衆に殺されてしまいます。

そんなヴェスターラントへの報復のため、ブラウンシュヴァイク公爵は地球を壊滅状態に陥れた熱核兵器の使用を決意します。側近アンスバッハ准将の制止も意味はなく、逆にアンスバッハは拘禁されてしまいました。善悪の判断もつかないくらい、ブラウンシュヴァイク公は追い詰められていたと言えます。

その報はリップシュタット連合軍に潜伏していたスパイから、ローエングラム侯爵ラインハルトの下に届けられます。当然、ブラウンシュヴァイク公爵の暴挙を止めるべく、艦隊を派遣しようとするラインハルト。しかし、そこを参謀オーベルシュタインに止められます。

いっそのこと、ブラウンシュヴァイク公にこの暴挙を実行させるべきです。オーベルシュタインは、このヴェスターラント200万人の民衆を犠牲にして、政治宣伝に使うべきだと主張するのです。最大多数の幸福のため、少数を犠牲にする。初歩的なマキャベリズムの論法を用いて、オーベルシュタインはラインハルトに決断を迫ります。

それに反発したラインハルトの発言が、「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」でした。

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第23話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、倫理(人の命)と政治(数の論理)は相反し、どちらかの選択を迫られることがある、という点です。

ラインハルトはこの時、オーベルシュタインに言いくるめられ、明確に核攻撃を止めることができませんでした。彼がキルヒアイスと共有している民衆第一の倫理的な信念と、オーベルシュタインの持ち出す政治的な覇者の論理の間に挟まれ、逡巡してしまったのです。キルヒアイスがもしこの場にいたら、ラインハルトの気持ちを尊重し、オーベルシュタインに真っ向から反対したはずですが、残念ながらラインハルトは一人でした。

結果として、この判断はラインハルトにとって人生で二番目にまずい判断(一番まずい判断の場面は、この後すぐに来ます)となりました。確かにオーベルシュタインによる政治宣伝により、リップシュタット連合軍の瓦解が早まり、内戦が早く集結したことは確かです。しかし、ここで彼は掛け替えのないものを失ってしまいます。民衆を「本気で」大事にするという姿勢と、キルヒアイスの信頼です。(ラインハルトはこの後、続けて人生で一番まずい判断をしてしまい、キルヒアイスそのものも失ってしまいます)。

このように、政治を優先した判断は、即効性はあるものの、根本的な何かを失いがちです。他方で、倫理を優先した判断は、時間はかかるものの、一貫性を確保して支持を得ることができます。今後、ラインハルトはオーベルシュタインの掲げる政治優先の戦略で覇者になりますが、この場面にもしキルヒアイスがいて、ラインハルトに倫理優先の判断をさせていたらどうなったか。今となっては完全な「if」の世界ですが、史実とは全く違う展開になったであろうことは疑いありません。

2021年7月19日月曜日

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

ローエングラム侯爵の逃げる演技にまんまと騙され、本拠地ガイエスブルク要塞から引きずり出された挙句、猛反撃を受けて壊滅状態に陥ったリップシュタット連合軍。彼らを全滅から救ったのは、ブラウンシュヴァイク公爵に疎まれガイエスブルク要塞に残っていたメルカッツ提督でした。

しかし、境地を救ったメルカッツに対し、ブラウンシュヴァイク公爵は心無い一言をかけます。「なぜもっと早く救援に来なかった!!」。自分がメルカッツに要塞に残れと指示したにも関わらず、です。これにはメルカッツの副官シュナイダーも黙ってはおられません。身を乗り出して抗議しようとしますが、上官に制止されます。

そんなシュナイダーに、メルカッツがその後語った内容がこれです。少し長いですが、名言ですので、丸ごと引用します。「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ。精神面のな。その病気を育てたのは、500年にも及ぶ貴族の特権の伝統そのものなのだ。その意味で言うと、公爵も被害者化もしれんな。100年前ならあれでも通じたのだ。不運な人だ。」

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、時代が作った「普通の人」が、その時代の終わりには敵役になる、ということです。

銀河帝国は、当時の国家元首ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが民主制を廃し、自身を支持する集団を帝国貴族として特権を与え、専制国家としての支配体制として整えた国です。そして、その特権は世襲で代々親から子へ受け継がれるものとされました。そのため、メルカッツの言うこの「特権」は、時代が経つに連れ、門閥貴族達が生まれた時から保有している支配権ということになります。日本の士農工商制度の武士、封建性や王制時代の貴族達、神権政治の神官達の位置づけです。

人は人の下に人を作ることを好むものだと思います。福沢諭吉が「天は人の下に人を造らず」と敢えて言っているのは、放っておくと人は人の下に人を作りがちだからだと思います。しかも、それが自分が築いたものではなく、生まれた時から、つまり本人の努力ではなく祖先から受け継いだものな場合、余計厄介です。自分の下に人がいることが当たり前だと思い込んでしまうからです。こうして、貴族の時代の「普通の貴族」のメンタリティが出来上がります。それはゴールデンバウム王朝に特有なものではなく、日本の武士、神権政治の神官も同様です。

そして、時代が終わりに近づくと、彼らは途端に敵役に転じます。明治維新で終焉を迎えたのは武家政治でした。近代に移る際、ヨーロッパでは封建制と貴族制が消えていきました。そしてここでも討たれるべき敵役として、ブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族が対象となりました。メルカッツの言うように、「100年前ならあれでも通じた」、つまり彼らの方がむしろ「普通」だったはずなのに。

同じことは、規模は違いますが、もっと身近でも起きています。ビジネス現場で、新しいやり方に対する抵抗勢力がいる場合、彼ら守旧派はだいたい古いやり方をよく知っている方々でしょう。そして、守旧派の方がむしろ、10年前には「普通」だったと思います。しかし、時代が変わると、彼らはまるで敵のように語られることが少なくないと思います。

自分も今は「普通」かもしれないが、いずれ新しい「普通」の人々にとっての「敵」になるかもしれない。そう考えて、常に何が「普通」なのかをウォッチし続けること、つまり歴史的に言うと「開明派」であることが大事なのだと思います。

また、シュナイダーがメルカッツとの会話後に「ブラウンシュヴァイク公は確かに不運かもしれない。しかし、その人に未来を託さねばならないのは、もっと不運ではないのか!」とモノローグで語っているように、「普通」から「敵」になりつつある勢力に加担すると不幸です。そうならないためにも、時代の潮流を読み続けなければならないのだと思います。

2021年7月17日土曜日

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)

自らを「強い」と思い込んでしまったリップシュタット連合軍。彼らはローエングラム侯爵の軍が再びガイエスブルク要塞に迫ってきたという報を聞くと、全軍で出撃してしまいます。ロイエンタールによるシャンタウ星域の放棄から始まる一連の動きが、彼らを巣穴(ガイエスブルク要塞)から引きずり出すための芝居であったことも知らずに。

案の定、ミッターマイヤーの逃げる芝居に乗せられた連合軍は、ガイエスブルク要塞から遠く離れた宙域にまで引きずり出され、そこで猛反撃を受けます。それまで勝っていた(と思わされていた)だけに、戦況の突然の変化に彼らはついていけません。まだ10万隻ほど残っていたはずの大艦隊は、散り散りになり各個に撃破されていきます。

その中で秩序をもって猛スピードで転進し逃げていたのが、ファーレンハイト提督でした。彼はリップシュタット連合軍の中ではメルカッツに次いで実戦経験が豊富な提督で、真っ当な思考回路の持ち主でした。そのため、本件が罠であると気づいたときに、一目散に逃げに入ったのです。

しかし、彼のように素早く逃げを打った艦隊でも厳しいほど、ローエングラム侯爵ラインハルトの追撃は執拗なものでした。逃げても逃げても待ち伏せに会うファーレンハイト。ここで、ファーレンハイトは一つの事実に気づきます。ローエングラム侯がガイエスブルク要塞への逃げ道を予想して艦隊を伏せているという事実です。

このままガイエスブルク要塞に真っすぐ向かっていては、敵の思う壺。そこで、ファーレンハイトは思い切った手に出ます。「よし、左舷急速回頭!」。「それでは、通常航路から外れて、座標を見失う恐れが…」という副官ザンデルスの意見を無視して航路を大きく外れたファーレンハイトは、まんまと逃げきることに成功したのでした。

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、変化を読む、です。ファーレンハイトは実験経験豊富なため、ローエングラム侯爵ラインハルトが「反転攻勢に出た」時に、「罠に嵌った」ことを一瞬で読み切ります。また、敵の攻撃が「斜め前から次々やってくる」ことを察知し、「横には敵がいない」ことも見切ります。つまり、変化の度に判断し、それまでの行動方針を即座に変える決断をしているのです。これは、OODAループと言われる意思決定理論に正しく沿った行動と言えます。

Wikipediaによると、OODAループとは「観察(Observe)- 情勢への適応(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act)- ループ(Implicit Guidance & Control, Feedforward / Feedback Loop)によって、健全な意思決定を実現するというものであり、理論の名称は、これらの頭文字から命名されている」という行動様式です。

ファーレンハイトが生き残ることができたのは、このOODAループが身についていたからに他なりません。逆に言うと、散り散りになって真後ろに逃げ続けたリップシュタット連合軍の多くの貴族提督達には、それが欠けていたと言えます。

また、ここでのもう一つの学びは、逃げるなら後ろではなく横に逃げるべき、です。戦いでもビジネスでも、前に壁が立ちはだかると、選択肢は3つしかないと思いがちです。すなわち、1.負ける戦いに挑んで敗北するか、2.何もせず座して終わりを待つか、3.真後ろに逃げ帰るか、です。しかし、ファーレンハイトの行動はそうではないと伝えています。つまり、横に逃げるという選択肢もあるということです。

ここでの艦隊戦ではファーレンハイトは敵の意表をついて逃げ切ることに成功しました。ビジネスや学校の進路でも、うまくいかない場合、理想の道を辿れない場合に、腐ったり諦めたり自暴自棄になるのではなく、横に逃げる道を探ることが得策です。社内異動を考える、転職を考える、違うビジネスを考える、ダブルスクールを考える、いっそ留学を考える、など、前に進む道が険しい、今の状況から逃げられない、あるいは後ろにしか戻れないと思っても、案外横に逃げる道は豊富にあるものだと思います。

自分で逃げ道を無くしてしまうのではなく、むしろ積極的に横の逃げ道を作るのが、先の読めない今の時代では必要な考え方なのではないか、と思うのです。

2021年7月14日水曜日

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)

リップシュタット連合軍の総司令官メルカッツが(あまり重要拠点ではない)シャンタウ星域でローエングラム侯爵の軍を退けたことは、貴族連合軍に思わぬ効果をもたらしていました。士気が制御不可能なレベルにまで上がり、出撃すれば必ず勝てるという妄想が広がっていました。

つまり、彼らは「自分たちが強い」と、誤解してしまったのです。これはシャンタウ星域を放棄したロイエンタールには想定しえなかった効果でしたが、ローエングラム侯爵ラインハルトや参謀オーベルシュタインにとっては予定通りの状況でした。

そんな中、リップシュタット連合軍の本拠地ガイエスブルク要塞に、先の戦いでシュターデン提督を破った疾風ウォルフガング・ミッターマイヤー提督が仕掛けてきます。彼は、要塞主砲の射程ギリギリのラインで示威行動を取っていました。ここに、連合軍の意気上がる貴族達が食いつきます。メルカッツが制止したにも関わらず、フレーゲル男爵(総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥)とそれに呼応した貴族達が、勝手に出撃してしまいます。

…そして、これまたメルカッツの一番嫌な結果に終わります。つまり、彼らはまた勝ってしまったのです。ミッターマイヤーは、フレーゲル男爵の軍勢を見るや否や、一目散に逃げだしてしまったのです。そして、貴族連合軍は、さらに「自分達は強い」という妄想を強めることになります。それがラインハルトとオーベルシュタインによって作り出された幻想であることを知らずに。

フレーゲル男爵たちは意気揚々と凱旋しますが、そこに待っていたのは、メルカッツの厳しい追及でした。「軍法会議も覚悟せよ!」。総司令官の指令に背いたのですから、通例の軍隊では、当たり前の処罰です。しかし、ここは規律ある軍隊ではなく、貴族の花園でした。総大将たるブラウンシュヴァイク公爵は、彼らを貴族であるからという理由で許したのです。「これは賞すべき行いであると認める」。その一言に、メルカッツがげんなりしたことは言うまでもありません。

こうして、リップシュタット連合軍は、「何をやっても許される」というなんの統制も効かない状況の下、奈落の底へと突き進んでいくことになるのです。

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、トップが規律を破ってはいけない、という点です。

ブラウンシュヴァイク公爵は帝国の大多数の貴族が集積する連合軍の総大将でした。また、自身の戦争スキルの不足を補完するため、メルカッツを総司令官として招聘しました。メルカッツの下で軍規が守られることが、この戦いに勝つための最低限の条件であるはずでした。

しかし、ブラウンシュヴァイク公爵は、甥であるフレーゲル男爵の軍規違反を咎めることができませんでした。というより、咎める必要性を恐らく感じなかったのだろうと思います。そこに、彼の将としての見通しの甘さが表れています。身内を優先して「あるべき姿」を捻じ曲げてしまったこと、そして、身内の軍規違反をこともあろうか「賞すべき行い」としてしまったこと、このことは、何があるべきで、何があるべきでないか、その価値観を180度真逆にしてしまったのだと思います。

一度こういう前例ができてしまうと、メルカッツなど本当に艦隊戦に通じている将帥たちのどんな正論も慎重論も、貴族達には通じなくなります。これが、ローエングラム侯爵ラインハルトとオーベルシュタインが描いた貴族連合軍の内部崩壊シナリオでした。貴族連合軍は、見事に「警戒すべき少数の将帥」と「烏合の衆」の2つに分断されてしまったのです。引き金は、ブラウンシュヴァイク公爵の不用意な一言、「これは賞すべき行いであると認める」だったことは疑いありません。

しかし、もしブラウンシュヴァイク公爵がもう少し将として器があり、フレーゲル男爵を罰していたら、どうなっていたでしょうか。リッテンハイム侯爵により全軍の3分の1を無為に失っていたとは言え、まだ10万隻近くがリップシュタット連合軍には残っていました。その大軍をメルカッツや後の帝国軍の中枢となるファーレンハイトがきっちり率いられていたら、それほど早くこの戦役が終わることはなかったと思います。そして、戦役が長引くということは、クーデターが収束した自由惑星同盟により帝国侵攻の可能性を高めることになり、それはローエングラム侯爵ラインハルトにとっては、極めて都合の悪い事態でした。つまり、貴族連合軍による逆転トライは十分ありえたと言えます。

そういう意味で、この場面は、トップの発言がいかに組織にとって大きな意味があるのか、そのことを反面教師で学ぶ良い機会になったと思います。

2021年7月10日土曜日

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)

ブラウンシュヴァイク公爵とともに前帝の外戚(妃の父)にあたるリッテンハイム侯爵は、リップシュタット連合の中ではナンバー2の存在でした。しかしながら、トップであるブラウンシュヴァイク公爵とはうまくいっていなかったようで、約50000隻の艦隊を率いて、本拠地ガイエスブルク要塞を後にします。彼の矛先は、ローエングラム侯ラインハルトの命を受けて辺境を制圧したキルヒアイスの艦隊です。

キルヒアイスの艦隊は約40000隻。リッテンハイム侯爵の艦隊はキルヒアイスのそれよりも数では勝っていました。しかし、やはり歴戦の提督と貴族提督では、経験と実力の差は大きすぎました。リッテンハイム侯爵は惨敗し、味方がまだ戦っている最中に逃げ出してしまいます。

ここまでならば、リッテンハイム侯は他の貴族と同等の「戦い慣れていなかったため敗北した」という程度の評価にとどまっていたと思います。しかし、この後が最悪でした。彼は、逃走中のルートに配置していた味方の輸送艦を、事もあろうか攻撃して破壊してしまったのです。彼は、参謀の制止を振り切って、味方を攻撃しました。「味方ならなぜ私が逃げる、いや転進するのを妨げようとするのか。かまわぬ、撃て。撃てと言うに」。

こうして、味方艦の残骸を背に、リッテンハイム侯はガルミッシュ要塞に這う這うの体で逃げ込んだのでした。

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人生の大事な時期までに失敗は経験しておくべき、です。リッテンハイム侯爵にたいした能力はなかったと思いますが、相手が帝国軍ナンバー2のキルヒアイスですので、当時のリップシュタット連合軍の中でいい勝負ができたのは、総司令官メルカッツとファーレンハイトくらいだったと思います。そんな中で、2割程度多い艦隊で勝てと言うのが、そもそも無理だったと言えます。あるべき姿として、いったん敗北を認め、粛々と軍をまとめてガルミッシュ要塞に籠って再起を待てばよかったのです。

しかし、彼は一度の敗北で、まるで全てを失ったかのような振る舞いをします。戦い続けている味方に背を向け逃げ出しただけでなく、味方を撃って死なせました。これは、門閥貴族として育ったため、失敗をしたことがない、失敗に慣れていない、ということが大きな要因になっていると思います。

人生の中で、多くの人は大事なところで何かしら失敗を経験します。しかし、それは悪いことではなく、それを乗り越えて、より大きな成功につなげる、そういうことができる人間が、本当に強い人間だと思います。そのためには、幼少期や学生時代に失敗に慣れておくことが、とても大切だと思います。失敗慣れしていない人間は、リッテンハイム侯爵のように、大事な時に失敗してしまうと、二度と立ち直れなくなってしまいます。

2021年7月4日日曜日

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)

フェザーンの宇宙船ベリョースカ号の船長ボリス・コーネフはヤン・ウェンリーの幼馴染で(この段階ではまだ明らかになっていませんが)、銀河帝国の内戦中、新興宗教である地球教の信者たちを聖地まで乗せていく仕事をしていました。異国の辺境に差し掛かったころ、ラインハルトの命で辺境制圧に乗り出していたキルヒアイス提督の検閲網にかかります。

キルヒアイスは通信映像上で乗船しているメンバーに害がないことを悟り、航行を許可します。それどころか、不足物資の提供まで申し出るのでした。キルヒアイスの人柄をとても良く表しているシーンです。

マリネスク他ベリョースカ号の乗組員たちは、一瞬でキルヒアイスのファンになりますが、ボリス・コーネフだけは少し違う反応でした。

気の毒に。いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」。

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

キルヒアイスは敵方に当たる自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが評価しているように、全く軍国主義的要素がなく、尊大さの欠片もなく、相手への思いやりもある、それでいて将帥として、また実務者して非常に高い能力の持ち主です。難があるとすれば、アンネローゼやラインハルトを優先しすぎて、自己の主張が薄い点でしょうか。しかし、思想的な偏りもないため、ヤンは彼が銀河帝国と自由惑星同盟、つまり専制国家と民主国家の共存のキーパーソンになると考えていました。

こういったタイプの人間は、ボリス・コーネフの言う通り、やはり長生きしない傾向にあると思います。というのも、貧乏くじを引くことが多い(というより、自ら貧乏くじを引いてしまう)からです。キルヒアイスの場合も、この後、全く彼の落ち度ではない理由で、命を落としてしまいます。※もしキルヒアイスがもう少し自我を主張していたら、結果は違っていたはずです。

ここでの学びは、生き残りたいのであれば、いい人をやめる、という点です。

キルヒアイスの人間性は非の打ちどころがありません。私もキルヒアイスが好きですし、こんな人が上司だったらな、と思います。ただ、彼は恐らく、アンネローゼとラインハルトの姉弟に出会った時点で、彼自身だけが「生き残る」という選択肢を、人生から外してしまったように思います。

現代の一般人、ビジネスの世界に生きる人々にとっては、自我を捨てるほどの何かに出会うことは、滅多にないでしょう。上司、組織、会社、同僚、その他、自身の生き残りを捨ててまで重視するものではないと思います。

しかし、そうではないにも関わらず、「いい人」だからこそ、貧乏くじを引き続けて潰れていってしまう人がいます。「いい人」以外の人(フリーライダー)が、「いい人」に自身の仕事を押し付けて、自身は休暇をとって旅行などに行ってしまうからです。※組織が危機的状況に陥っている場合、特にこの傾向が強まると思います。

ここでいう「いい人」は、そうやってたくさんの仕事をこなすので、必然的に能力が上がります。そして、さらに多くの仕事を押し付けられることになります。まるでそれが当たり前かのように。悪循環としか言いようがありません。会社の評価が上がるのであればまだ救いがありますが、多くの場合、彼らに仕事を押し付けたフリーライダーの方が評価が上がり、出世していきます。

こうして、押し付けられる仕事が増え続けると、「いい人」は結局膨らみ切った風船のように割れて潰れるか、組織を去ってしまいます。そして、皆が「いい人」の存在価値の大きさに、失ってから初めて気づく、というのがよくあるお話だと思います。

キルヒアイスの場合も、失ってから様々な人がそれぞれの観点で、「ジークフリート・キルヒアイスが生きていれば」と回想しています。キルヒアイスほどの洞察力や自己防衛力をもった人間でも、「いい人」であるが故に消えてしまう。我々は本当に生き残りたいのであれば、やはり「いい人」をやめることが一番の選択だと思います。

2021年7月3日土曜日

オスカー・フォン・ロイエンタール「奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」(本伝第22話)

自由惑星同盟でクーデターが収束しようとしている頃、銀河帝国内でも皇帝を擁立するローエングラム侯爵ラインハルトとブラウンシュヴァイク公爵率いるリップシュタット連合軍の戦いが苛烈を極めていました。

そんな中、戦略上それほど重要ではないシャンタウ星域の防衛に当たっていたのが、ヘテロクロミア(両目で色が異なる)のロイエンタール提督です。ロイエンタールは後に疾風ミッターマイヤー提督と共に「帝国の双璧」と呼ばれるようになりますが、この時点ではキルヒアイス、ミッターマイヤーに続く3番手、というくらいの位置づけでした。

そして、ロイエンタールが対峙していたのが、リップシュタット連合軍の総司令官、メルカッツ提督でした。メルカッツ提督の老練な手腕に、劣勢気味になるロイエンタール。ここで、彼は思い切った決断をします。

「ここは撤退だ。シャンタウ星域は死守するほどの価値はない。奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」。

リップシュタット連合軍のメルカッツ提督としては、消耗戦に持ち込んでもう少し戦力を削いでおきたいところでしたが、ロイエンタールは大きな火傷をする前にさっさと撤退してしまいました。このあたりの判断の鋭さが、以後の大きな飛躍の源泉になるのだと思います。

オスカー・フォン・ロイエンタール「奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、退き時を知る、ということだと思います。

当時のロイエンタールは、ミッターマイヤーほど派手ではないにせよ、既に提督として超優秀で、メルカッツとの戦いであっても艦隊戦を続けることは可能だったと思います。副官のレッケンドルフも進言していますが、ここで形だけとは言え負けてしまうと、全体の士気にも関わります。また、純粋な軍人であれば、負けること自体を嫌がるものです。

しかし、彼は全くこだわらず、あっさりと退却しました。それは、自身がメルカッツに対して(能力というより)経験で劣り消耗戦は不利であること、そしてシャンタウ星域には固執するほど戦略的価値がないこと、これらを冷静に判断したからだと思います。己を知り、敵を知り、環境を知れば、躊躇わずに退くことができる。逆に、それらが一つでも欠けると、なかなか退けず、事態が泥沼化していくものだと思います。

そんなロイエンタールの判断は、ラインハルトの頭脳をくすぐります。退却の報を聞いたラインハルトは、「ロイエンタールめ、私に宿題を残したな」と部下の判断を尊重しています。(ロイエンタール以外が同じことをしたら、多分怒っていたのでは、と思いますが)。そして、ラインハルトはこのシャンタウ星域の放棄を、敵本拠地ガイエスブルグ要塞攻略の一つのピースとして活用するのでした。

2021年6月30日水曜日

ジェシカ・エドワーズ「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」(本伝第21話)

ルグランジュ提督の第11艦隊を失ったグリーンヒル大将率いる救国軍事会議は、経済も破綻し、窮地に立たされます。ヤン艦隊が首都星ハイネセンを包囲するのも時間の問題。そんな中、事件が発生します。軍国主義に反対する市民が、民主派議員の呼び掛けに応じ、ハイネセンスタジアムにかけつけたのです。その数は20万人以上。そして、市民に呼び掛けた民主派議員が、ヤンの学生時代からの親友ジェシカ・エドワーズです。

グリーンヒル大将は、ハイネセンスタジアムの鎮圧に、クリスチアン大佐を派遣します。この人選は、後ほどはっきりしますが、明らかに誤りでした。なぜなら、クリスチアン大佐は根っからの軍国主義者で、ハイネセンスタジアムのデモを平和的に解散させるなど、微塵も考えていなかったからです。

クリスチアン大佐は、市民を何人か並べ、殴り、脅しました。「死ぬ覚悟もないやつが偉そうなこと言いやがって!」。そこに割って入ってジェシカは叫びます。「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」。しかし、ジェシカはこの後、言ってはいけないことを言ってしまいます。すなわち、「暴力によって自分が信じる信念を他人に強制する人間は後を絶たないわ。銀河帝国を作ったルドルフも、そして大佐、あなたも。あなたはルドルフの同類よ。それを自覚しなさい。そしている資格のない場所から出ておいき!

この一言がまずかったのは、それが真実だったからです。そして、クリスチアン大佐は、それを公に絶対に認められなかった。なぜなら、銀河帝国に対抗するために、自由惑星同盟が皇帝と同じことをしてしまっては、自らの存在意義を否定することになるからです。そして、この後のクリスチアン大佐の反応は、激烈なものになったのでした。

ジェシカ・エドワーズ「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」(本伝第21話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第21話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ジェシカの行動は、もちろん勝算に値するものだと思います。軍国主義のクーデターの下、不安にさいなまれる市民の心の支えに自らがなる、その行動は、純粋に市民を愛する議員のあるべき姿だと思います。

しかし、ここでの学びは、そこではないと思います。むしろ、信念同士が逃げ道をふさいでぶつかると、必ずどちらかが(あるいは双方が)倒れる、という点が重要だと思っています。ジェシカはクリスチアン大佐の逃げ道をあからさまに塞ぎました。お互いに引くに引けない状況になった、と言えます。

これは、ハイネセンスタジアムにクリスチアン大佐を派遣したグリーンヒル大将の落ち度でもあると思います。ジェシカ・エドワーズは既に反戦派で知られる議員でしたし、戦没者慰霊会でトリューニヒト現議長にも歯向かったことも、グリーンヒルは良く知っています。(グリーンヒル大将はそこにいましたから)。また、クリスチアン大佐が過度な軍国主義者であることも、クーデターのメンバーに加えた時点から分かっていたことだと思います。なぜ、水と油の二人を対決させたのか。今回の事件は、事の発端はハイネセンスタジアムではなく、救国軍事会議の会議室から始まったとみるべきだと思います。

そして、残念なことに、信念を絶対に曲げない二人が激突し、お互いに散るという結果になってしまいました。

また、もっと恐ろしいのは、この結末を最も歓迎したのは、この時地下に潜んでいた国家元首トリューニヒトだという事実です。トリューニヒトにとってこの事件は、自身に歯向かった民主派議員ジェシカ・エドワーズと、クーデターを起こした救国軍事会議の共倒れだからです。そのことを考慮すると、クリスチアン大佐をハイネセンスタジアムに派遣させたのは、その会議の場に居合わせたベイ大佐(実はトリューニヒトのスパイ)の可能性があります。そう仕向けることがトリューニヒトの意に沿うことは、ベイ大佐であれば十分に理解できたからです。実際、ベイ大佐は救国軍事会議の分裂を誘う発言をしています。

そう考えると、ジェシカもクリスチアン大佐も、二人ともトリューニヒトの陰謀の犠牲者と言えるのかもしれません。

2021年6月27日日曜日

バグダッシュ「主義主張なんて生きるための方便です」(本伝第21話)

唯一の実戦部隊であるルグランジュ提督の第11艦隊が敗北する前から、そもそも救国軍事会議にとってヤン・ウェンリーは目の上のたんこぶでした。そこで、刺客を派遣して暗殺しようと試みます。その任に当たったのが、情報部のバグダッシュ中佐でした。

バグダッシュ中佐の試みは、要塞防衛司令官シェーンコップの機転により失敗に終わります。バグダッシュが疲れてタンクベッド(ウォーターベッドの超強力版)で寝ているところ、シェーンコップは冷凍睡眠にモードを切り替えます。そして、バグダッシュはルグランジュが敗れるまで目を覚ますことはありませんでした。もっとも、本当に暗殺しにきていたとしても、成功したかどうかは怪しいのですが。(バグダッシュは情報戦のエキスパートですが、戦闘のエキスパートではありませんので)。

しかし、バグダッシュの物凄いところは実はこの後です。ルグランジュ提督がヤンに敗れた直後(つまり冷凍睡眠から解放された直後)、すぐさまヤン艦隊への鞍替えを発表します。「クーデターの失敗はもはや時間の問題」と、仲間をあっさりと切り捨てるのです。その様を見たヤンから「そう簡単に主義主張を変えられるのかね?」と聞かれると、「主義主張なんて生きるための方便です」と軽く言ってのけました。

バグダッシュ「主義主張なんて生きるための方便です」(本伝第21話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第21話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

個人的には、こういう人の方が人間としては実はまともなんじゃないか、と思います。人間として最も大事なのは自分であり、自分を方向づけるために使われる手段として、主義や主張があるというわけです。目的が自分で、主義主張は手段。

逆に、主義や主張を前面に出して、それに賛同しない他人を貶める人間が多くいます。国民国家論もそれの一種です。宗教戦争もそれに近い話だと思います。(宗教の全てを否定するつもりはありません)。彼らにとって、主義主張が目的で、自分や他人は手段です。そんな彼らと比べて、バグダッシュのタイプは付き合いやすいタイプではないかと思います。

全ての主義主張が悪だというつもりはありません。私にも主義主張はあります。ただ、世の中に多くの主義主張があり、その主義主張が一致する可能性は高くはないので、それが目的になると歪みが生じてしまう、という点が問題なのだと思います。

他方で、バグダッシュが裏切りやすいタイプであることも確かです。ヤンは後ほどユリアンに語っていますが、「バグダッシュはきちんと計算ができる男だ。私が勝っているうちは、裏切ったりしないよ」ということで、ヤンが落ち目になれば裏切る可能性があることを示唆しています。自身が生きる道を懸命に探しているタイプにとって、どこに属しているかに拘りはない、状況次第で動く、ということだと思います。

補記:ただ、ヤンはそう言っていますし、ユリアンもかなり後までバグダッシュを警戒していますが、実はこの人(バグダッシュ)、案外理想を求める人なんじゃないかなぁ、とも思います。結局最後までヤンやユリアンの理想にお付き合いしますので。単に、この時まで、ついていきたくなる理想や上司に巡り合えなかっただけでは、と思います。この後、幾度となくヤンが不利になる場面(ハイネセンでの拘禁時など)や、逃げ出せる場面がありましたが、初登場当時のキャラは身を潜め、むしろヤン艦隊に多くの献身と貢献をしています。

2021年6月19日土曜日

ルグランジュ中将「この世で最も尊ぶべきは献身と犠牲」、ヤン・ウェンリー「かかっているのはたかだか国家の存亡だ」(本伝第21話)

自由惑星同盟で元総参謀長ドワイト・グリーンヒル(ヤンの副官フレデリカのお父さん)がクーデター(自らを救国軍事会議と命名)を起こした後、ヤン・ウェンリーは反乱を起こした惑星群を次々と鎮圧していきます。※白兵戦がメインのため、活躍するのは主にシェーンコップ率いるローゼンリッターです。

救国軍事会議が保有する艦隊は、ルグランジュ中将率いる第11艦隊。ヤンが正式に救国軍事会議への参加を拒否したことで、全面対決となります。その際、それぞれの司令官が全軍を鼓舞するために発した言葉は、正反対のものでした。

ルグランジュ「祖国への献身を果たせ。この世で最も尊ぶべきは献身と犠牲であり、憎むべきは臆病と利己心である」

ルグランジュ中将「この世で最も尊ぶべきは献身と犠牲」(本伝第21話)

ヤン「かかっているのはたかだか国家の存亡だ。個人の自由と権利に比べたら、たいして価値のあるものじゃない」
ヤン・ウェンリー「かかっているのはたかだか国家の存亡だ」(本伝第21話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第21話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

大事なものはどちらか、ということの主張の違いが典型的に表れています。組織が大事なのか、個人が大事なのか。組織を守るために個人の献身が必要なのか、個人の自由を守るために組織が手段としてあるのか。どちらかが間違っているということではなく、主義主張の違い、ということだと思います。そして、本質的に「自由の国」である自由惑星同盟では、ヤンの考え方に共感する将兵(特に下級兵士)が多く、この戦いもヤンの勝利に終わります。

パワハラ等の言葉が出てきたことからも分かるように、現代の世の中、特に先進国では、個人が大事という方向に進んでいるように思います。しかし、まだまだ国のために個人が犠牲になって当然、という価値観も健在です。

そもそも、国民が存在して、彼らが国のために防衛戦争をしたり他国を攻撃するという発想(国民国家)は、近代ヨーロッパで生まれて200年程度が経ったにすぎません。それが太古からの当たり前の事実のように思われているのは、子供時代の歴史教育の結果に過ぎないのだと思います。また、そもそも近代国民国家が必要とされたのは、戦争に強い軍隊が必要だったためですが、現代でも同様の必要性があるかどうかは、意見の分かれるところだと思います。ここでの学びは、歴史的必要性に応じて有効な主義は変わる、ということです。

あとは個人的な好き嫌いですね。私はヤンの考え方が大好きなので、このやりとりに始めて触れたときは(小説の第2巻)、ヤンの「個人第一」の考え方に大賛成でした。しかし、社会人になってビジネスの世界に入ると、(多かれ少なかれ)ルグランジュの考え方も必要な場合がある、と考えるようになりました。

ところで、ここではもう一つ学びがあります。主義主張と人間性の組み合わせは、時々問題を生じさせるということです。純粋でまともな人間が「組織第一」という思想に染まった時と、怠け者で建前と本音をうまく使い分けできる人間が「個人第一」という思想を盾にする場合が特に問題だと思っています。前者は自分や他人を無意識に壊しますし、後者はフリーライダーになるためです。前者は救国軍事会議のドワイト・グリーンヒルやここで敗北するルグランジュ、後者の代表例は救国軍事会議とヤンの激突で漁夫の利を得るトリューニヒト議長です。

2021年6月13日日曜日

オフレッサー上級大将「罠だ、これは罠なんだ」(本伝第20話)

シュターデン提督は敗北後、近くにあるレンテンベルク要塞に逃げ込みます。レンテンベルク要塞は貴族連合軍の本拠地ガイエスブルク要塞に迫る上で、重要な拠点でした。そのため、ローエングラム侯ラインハルトはレンテンベルク要塞の攻略に向かいます。

ここの陸戦部隊を率いていたオフレッサー上級大将は帝国軍の守旧派で、とにかくローエングラム侯爵ラインハルトのことが大嫌いという人でした。また、一対一の戦いには滅法強く、そのため白兵戦は絶対に避けるべきでしたが、残念ながら彼が守る通路を占拠しない限り、要塞は占領できないという状況になっていました。

幾度となく突入するラインハルトの白兵部隊を、一人残らずなぎ倒していくオフレッサー。恐らく、小隊単位で死者が出たのでは、と思われます。しかし、ミッターマイヤー、ロイエンタール両提督の仕掛けた「落とし穴」という古風な罠にかかって捕縛され、後は処刑を待つのみ、というところまでオフレッサーは追い込まれます。部下を大量に殺された両提督のみならず、ラインハルト陣営では即刻彼を処刑すべきという声が大多数を占めていたためです。

ところが、参謀長オーベルシュタインの進言で、オフレッサーは生きたまま解放され、貴族連合軍の当主ブラウンシュヴァイク公の下に帰還しました。無邪気にブラウンシュヴァイク公の下に戻ってきたオフレッサー。しかし、ブラウンシュヴァイク公以下門閥貴族達は、オフレッサーとラインハルトが密約を交わして助けてもらったと考えました。その雰囲気を察したオフレッサーは「罠だ、これは罠なんだ!分からんのか、馬鹿どもが!」と必死で弁明するものの、結局、貴族達が見守る中、アンスバッハ准将の手で射殺されたのでした。

オフレッサー上級大将「罠だ、これは罠なんだ」(本伝第20話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第20話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、一度ゼロベースで俯瞰して自身の状況を見るべき、という点です。

オフレッサーは、頭の悪い人では決してありません。落とし穴に嵌ってはしまいましたが、門閥貴族の中における自身の位置づけや振る舞い方は良く考えられていますし、シェーンコップのかつての上官である曲者リューネブルクとも上手に駆け引きができています。しかし、今回はあまりに先入観に溺れすぎ、特に自分自身の「見え方」に対して盲目すぎたのだと思います。

それは、「自分が疑いなく門閥貴族の仲間であり、裏切ることなどありえない」ということが、誰の目にも疑いようのない事実だと考えてしまった、ということです。これまでの長い間、ラインハルトに対して示してきた嫌悪感と態度も、その考えを後押ししています。周囲からもそう見られている、という自覚が大きすぎました。そのため、解放されてブラウンシュヴァイク公の下に戻った時に、自分が裏切り者の疑いを受けるとは、全く想定していませんでした。

他方で、ブラウンシュヴァイク公は、起きている事実を並べ、オフレッサーとは反対の結論を導き出しました。これまで明らかにラインハルトに敵対していたオフレッサー、しかも大勢の兵士を殺している、その彼が処刑されず許されて自分の下に現れた。ついでに、これはオフレッサーは知らない事実でしたが、彼以外の主だったメンバーは、ラインハルトにより処刑されていました。そのため、「オフレッサーだけ特別に許された。これは何か裏交渉があったに違いない」と、ブラウンシュヴァイク公は考えます。そして、疑いもせず、彼を処刑してしまいます。

「自分がそう思っているのだから、周りもそう思っているに違いない」という妄想に端を発した悲劇ですが、そうなることを見越してオフレッサーを解放したオーベルシュタインの慧眼が光る一幕でした。

2021年6月6日日曜日

ヒルデスハイム伯爵「これで敵が動かぬ理由に合点がいくではないか」(本伝第20話)

貴族連合軍(リップシュタット連合軍)の作戦会議で総司令官メルカッツが(色々な理由から)出撃を認めたため、新皇帝を擁立するローエングラム侯爵ラインハルトと貴族連合軍は、内乱勃発後、初めて戦火を交えることになりました。

ローエングラム侯爵側の指揮官は、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将。アムリッツァ星域会戦で、自軍の進行速度が速すぎて自由惑星同盟の第9艦隊を追い抜いてしまったため、「疾風ウォルフ」というあだ名がついた有能な提督です。(もっとも、個人的には、アムリッツァでの彼の作戦は実は失敗だったんじゃないかと思います。どこにも語られていませんが、第9艦隊は司令官アル・サレム提督が重傷を負うものの、後を継いだモートン提督は秩序をもって撤退できているためです。恐らく、スピードを出しすぎて止まれなかったせいで、攻撃のタイミングが理想から一歩遅れたのではないでしょうか)。

一方、貴族連合軍側は、「理屈倒れの」シュターデン提督を筆頭に、貴族提督のヒルデスハイム伯爵という陣営でした。

両陣営は、ミッターマイヤーが敷設した機雷群(熱反応型・自律移動型ですので、艦隊が近くを通ると餌食になります)を挟んで、数日間にらみ合いを続けます。疾風ウォルフの艦隊なのに、全く動かない。シュターデンは「罠がある」と見込みますが、経験のないヒルデスハイムはそうは思いません。そこに、丁度よくミッターマイヤー側の通信を盗聴できた旨が、シュターデンとヒルデスハイムの下に伝えられます。曰く、「ミッターマイヤーはローエングラム侯爵の援軍を待っている」、と。

これにヒルデスハイム伯は意気込みます。すなわち、「これで敵が動かぬ理由に合点がいくではないか」ということです。もちろん、これはミッターマイヤーの策略でした。シュターデンの方は「こんなに簡単に傍受できるのはおかしい」と、真実を突くのですが、ヒルデスハイム伯爵の勢いに負けて動いてしまい、貴族連合軍は初戦で大敗するのです。

ヒルデスハイム伯爵「これで敵が動かぬ理由に合点がいくではないか」(本伝第20話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第20話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、自分の狭い料簡と見た目だけで都合よく判断してはいけない、ということです。

ヒルデスハイム伯爵は、艦隊戦の経験がありません。そのため、「敵が動かない」→「援軍を待っているという連絡が入った」→「援軍が来る前に戦わないと負ける」、という、超短絡的な考え方をしてしまいます。自分の願望(「戦いたい」)を正当化するため、都合よく目の前の事象を解釈していると言えます。一番やってはいけないことです。ヒルデスハイム伯爵のここでの最もあるべき姿は、自身の経験不足を素直に認め、事実を客観的に観察し、自身の短絡的な考えを批判的に再考する、ということでした。しかし、当時のゴールデンバウム朝貴族は、もっぱら「自分が絶対正しい」から思考がスタートしますので、自身の考えを批判的に見るなんて、そもそも不可能でした。残念ながら。

ビジネスの世界でも、これはよくあることだと思います。私自身もそうです。根拠のない自信というか、自分の知らない世界があることを「知らない」ということの恐ろしさに、気づいていない時代というものが、誰にもある、ということだと思います。(一言で言うと、「若気の至り」です)。

そして、もう一つの学びは、知りすぎると逆に判断できない、ということです。

シュターデン提督は、経験はそこそこで、艦隊戦の知識は豊富です(恐らく、帝国軍の中で一番だと思います)。そして、「(疾風ウォルフなのに)敵が動かない」→「何か策略がある(可能性が多すぎて決めきれない)」→「都合のよい通信が傍受できた」→「何か策略がある(やっぱり見極めきれない)」と、知識が豊富であることが逆に仇になり、選択肢が豊富に浮かびすぎて、決断できませんでした。最終決断ができたのは、皮肉にも、ヒルデスハイム伯爵が自身の浅はかな考えを押し付けてきたからです。

そう考えると、この二人、実はひとつ間違えると理想の組み合わせだったかもしれません。メルカッツ総司令官の副官シュナイダーは、彼らを「現実感覚に欠けるシュターデン提督と血気にはやるヒルデスハイム伯」と酷評していますが、もしシュターデンが理論重視であっても手堅い作戦案をいくつか立て切ることができて、ヒルデスハイムが実行を後押し出来ていたら、どうなっていたか。戦術面の巧拙がありすぎるため、貴族連合軍が勝ち切ることはなかったでしょうけど、もしかしたら善戦していたかもしれません。

2021年5月29日土曜日

ベルンハルト・フォン・シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」(本伝第20話)

新皇帝に対抗してブラウンシュヴァイク公爵の下に集結した貴族連合軍(リップシュタット連合軍)は、総司令官として老練なメルカッツ上級大将を迎えました。メルカッツ提督が自由な手腕を発揮すれば、皇帝を擁立するローエングラム侯ラインハルトも苦戦を強いられたはずです。なぜならば、数の上では貴族連合軍の方が優勢だったからです。

しかしながら、メルカッツ提督は軍の統率に非常に苦労することになります。実務面で有能ではない提督や、戦いの場に出たことのない貴族提督が多数参戦していたからです。作戦会議の場では、「理屈倒れ」と揶揄されるシュターデン提督が、華麗で魅力的ではあるものの実行不可能な作戦を披露してしまい、場が紛糾します。

メルカッツはこの場を鎮めるため、シュターデン提督と貴族達に出撃を許可しました。この際にメルカッツの副官であるシュナイダー少佐が、上官の真意をこの言葉で見事に突いています。曰く、「一度痛い目にあった方が身のため、ということですか」。メルカッツの「言葉で言っても分からんだろうからな」という返しが、当時の貴族連合軍の実情を如実に表していて、痛々しい気持ちになるシーンです。

シュナイダー「一度痛い目にあった方が身のためと、いうことですか」(本伝第20話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第20話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、世の中、言葉で説明できるのは半分程度、ということです。

シュターデンの作戦が実行不可能であることを言葉で説明し、ブラウンシュヴァイク公を含む連合軍のメンバーに「理解」を求めることは、大変ではあるものの、可能だったと思います。しかし、メルカッツはそれをしませんでした。なぜなら、たとえ言葉の上で理解しても、彼らは腹落ちをしてくれないと考えたからです。

人間が物事を知って、理解して、腹落ちするまでには、以下のように複数の「段階」があります。

 STEP0:何も知らない状態

 STEP1:知っているだけで理解できていない状態

 STEP2:理解しているが腹落ちしていない状態

 STEP3:腹落ちしている状態

STEP3までいかないと、人間はそれを自分事として捉えられないですし、身に付き方も中途半端になります。子供の頃に自転車に乗ったり、泳げるようになったりと、色々とできることが増えると思いますが、まさに自転車の乗り方を「理屈だけは」分かっている状態、泳ぎ方を「文字の上では」理解している状態が、上記のSTEP2に当たります。

そして重要なのは、STEP2からSTEP3に持っていけるのは、自分しかいない、という点です。誰かに教わることはできません。自転車に乗れるようになるのは、自分でやってみて感覚を掴む以外に方法がありません。水泳も一緒です。

そのため、メルカッツは「言葉で言っても分からんだろう」と、貴族達を戦いの場に出撃させたのでした。STEP3まで到達していない人々にいくら言葉で説明しても、STEP2のレベルに持っていくのがやっとですし、最悪の場合、そもそも理解すらしてもらえないリスクがあります。自転車に乗れたことのない人に、自転車に乗った際の気持ち良さやバランス感覚を共有することが困難、ということと同じです。

逆に、ラインハルト陣営は、戦いに関してはSTEP3のレベルに達している提督ばかりが集まっています。そうなると、言葉での説明も最小限で済みます。皆、自転車に乗れるかの如く、同じ感覚で戦いができるからです。歴史の世界でもビジネスの世界でも、チームとしては全員がそのレベルに達していると、無類の強さを発揮するのだと思います。

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