2021年7月17日土曜日

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)

自らを「強い」と思い込んでしまったリップシュタット連合軍。彼らはローエングラム侯爵の軍が再びガイエスブルク要塞に迫ってきたという報を聞くと、全軍で出撃してしまいます。ロイエンタールによるシャンタウ星域の放棄から始まる一連の動きが、彼らを巣穴(ガイエスブルク要塞)から引きずり出すための芝居であったことも知らずに。

案の定、ミッターマイヤーの逃げる芝居に乗せられた連合軍は、ガイエスブルク要塞から遠く離れた宙域にまで引きずり出され、そこで猛反撃を受けます。それまで勝っていた(と思わされていた)だけに、戦況の突然の変化に彼らはついていけません。まだ10万隻ほど残っていたはずの大艦隊は、散り散りになり各個に撃破されていきます。

その中で秩序をもって猛スピードで転進し逃げていたのが、ファーレンハイト提督でした。彼はリップシュタット連合軍の中ではメルカッツに次いで実戦経験が豊富な提督で、真っ当な思考回路の持ち主でした。そのため、本件が罠であると気づいたときに、一目散に逃げに入ったのです。

しかし、彼のように素早く逃げを打った艦隊でも厳しいほど、ローエングラム侯爵ラインハルトの追撃は執拗なものでした。逃げても逃げても待ち伏せに会うファーレンハイト。ここで、ファーレンハイトは一つの事実に気づきます。ローエングラム侯がガイエスブルク要塞への逃げ道を予想して艦隊を伏せているという事実です。

このままガイエスブルク要塞に真っすぐ向かっていては、敵の思う壺。そこで、ファーレンハイトは思い切った手に出ます。「よし、左舷急速回頭!」。「それでは、通常航路から外れて、座標を見失う恐れが…」という副官ザンデルスの意見を無視して航路を大きく外れたファーレンハイトは、まんまと逃げきることに成功したのでした。

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、変化を読む、です。ファーレンハイトは実験経験豊富なため、ローエングラム侯爵ラインハルトが「反転攻勢に出た」時に、「罠に嵌った」ことを一瞬で読み切ります。また、敵の攻撃が「斜め前から次々やってくる」ことを察知し、「横には敵がいない」ことも見切ります。つまり、変化の度に判断し、それまでの行動方針を即座に変える決断をしているのです。これは、OODAループと言われる意思決定理論に正しく沿った行動と言えます。

Wikipediaによると、OODAループとは「観察(Observe)- 情勢への適応(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act)- ループ(Implicit Guidance & Control, Feedforward / Feedback Loop)によって、健全な意思決定を実現するというものであり、理論の名称は、これらの頭文字から命名されている」という行動様式です。

ファーレンハイトが生き残ることができたのは、このOODAループが身についていたからに他なりません。逆に言うと、散り散りになって真後ろに逃げ続けたリップシュタット連合軍の多くの貴族提督達には、それが欠けていたと言えます。

また、ここでのもう一つの学びは、逃げるなら後ろではなく横に逃げるべき、です。戦いでもビジネスでも、前に壁が立ちはだかると、選択肢は3つしかないと思いがちです。すなわち、1.負ける戦いに挑んで敗北するか、2.何もせず座して終わりを待つか、3.真後ろに逃げ帰るか、です。しかし、ファーレンハイトの行動はそうではないと伝えています。つまり、横に逃げるという選択肢もあるということです。

ここでの艦隊戦ではファーレンハイトは敵の意表をついて逃げ切ることに成功しました。ビジネスや学校の進路でも、うまくいかない場合、理想の道を辿れない場合に、腐ったり諦めたり自暴自棄になるのではなく、横に逃げる道を探ることが得策です。社内異動を考える、転職を考える、違うビジネスを考える、ダブルスクールを考える、いっそ留学を考える、など、前に進む道が険しい、今の状況から逃げられない、あるいは後ろにしか戻れないと思っても、案外横に逃げる道は豊富にあるものだと思います。

自分で逃げ道を無くしてしまうのではなく、むしろ積極的に横の逃げ道を作るのが、先の読めない今の時代では必要な考え方なのではないか、と思うのです。

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