2021年7月14日水曜日

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)

リップシュタット連合軍の総司令官メルカッツが(あまり重要拠点ではない)シャンタウ星域でローエングラム侯爵の軍を退けたことは、貴族連合軍に思わぬ効果をもたらしていました。士気が制御不可能なレベルにまで上がり、出撃すれば必ず勝てるという妄想が広がっていました。

つまり、彼らは「自分たちが強い」と、誤解してしまったのです。これはシャンタウ星域を放棄したロイエンタールには想定しえなかった効果でしたが、ローエングラム侯爵ラインハルトや参謀オーベルシュタインにとっては予定通りの状況でした。

そんな中、リップシュタット連合軍の本拠地ガイエスブルク要塞に、先の戦いでシュターデン提督を破った疾風ウォルフガング・ミッターマイヤー提督が仕掛けてきます。彼は、要塞主砲の射程ギリギリのラインで示威行動を取っていました。ここに、連合軍の意気上がる貴族達が食いつきます。メルカッツが制止したにも関わらず、フレーゲル男爵(総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥)とそれに呼応した貴族達が、勝手に出撃してしまいます。

…そして、これまたメルカッツの一番嫌な結果に終わります。つまり、彼らはまた勝ってしまったのです。ミッターマイヤーは、フレーゲル男爵の軍勢を見るや否や、一目散に逃げだしてしまったのです。そして、貴族連合軍は、さらに「自分達は強い」という妄想を強めることになります。それがラインハルトとオーベルシュタインによって作り出された幻想であることを知らずに。

フレーゲル男爵たちは意気揚々と凱旋しますが、そこに待っていたのは、メルカッツの厳しい追及でした。「軍法会議も覚悟せよ!」。総司令官の指令に背いたのですから、通例の軍隊では、当たり前の処罰です。しかし、ここは規律ある軍隊ではなく、貴族の花園でした。総大将たるブラウンシュヴァイク公爵は、彼らを貴族であるからという理由で許したのです。「これは賞すべき行いであると認める」。その一言に、メルカッツがげんなりしたことは言うまでもありません。

こうして、リップシュタット連合軍は、「何をやっても許される」というなんの統制も効かない状況の下、奈落の底へと突き進んでいくことになるのです。

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、トップが規律を破ってはいけない、という点です。

ブラウンシュヴァイク公爵は帝国の大多数の貴族が集積する連合軍の総大将でした。また、自身の戦争スキルの不足を補完するため、メルカッツを総司令官として招聘しました。メルカッツの下で軍規が守られることが、この戦いに勝つための最低限の条件であるはずでした。

しかし、ブラウンシュヴァイク公爵は、甥であるフレーゲル男爵の軍規違反を咎めることができませんでした。というより、咎める必要性を恐らく感じなかったのだろうと思います。そこに、彼の将としての見通しの甘さが表れています。身内を優先して「あるべき姿」を捻じ曲げてしまったこと、そして、身内の軍規違反をこともあろうか「賞すべき行い」としてしまったこと、このことは、何があるべきで、何があるべきでないか、その価値観を180度真逆にしてしまったのだと思います。

一度こういう前例ができてしまうと、メルカッツなど本当に艦隊戦に通じている将帥たちのどんな正論も慎重論も、貴族達には通じなくなります。これが、ローエングラム侯爵ラインハルトとオーベルシュタインが描いた貴族連合軍の内部崩壊シナリオでした。貴族連合軍は、見事に「警戒すべき少数の将帥」と「烏合の衆」の2つに分断されてしまったのです。引き金は、ブラウンシュヴァイク公爵の不用意な一言、「これは賞すべき行いであると認める」だったことは疑いありません。

しかし、もしブラウンシュヴァイク公爵がもう少し将として器があり、フレーゲル男爵を罰していたら、どうなっていたでしょうか。リッテンハイム侯爵により全軍の3分の1を無為に失っていたとは言え、まだ10万隻近くがリップシュタット連合軍には残っていました。その大軍をメルカッツや後の帝国軍の中枢となるファーレンハイトがきっちり率いられていたら、それほど早くこの戦役が終わることはなかったと思います。そして、戦役が長引くということは、クーデターが収束した自由惑星同盟により帝国侵攻の可能性を高めることになり、それはローエングラム侯爵ラインハルトにとっては、極めて都合の悪い事態でした。つまり、貴族連合軍による逆転トライは十分ありえたと言えます。

そういう意味で、この場面は、トップの発言がいかに組織にとって大きな意味があるのか、そのことを反面教師で学ぶ良い機会になったと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

ルパート・ケッセルリンク「未来の原因としての現在をより大切にすべきでしょうな」(本伝第34話)

総司令官ヤン・ウェンリーの査問中に、留守となったイゼルローン要塞を狙われた自由惑星同盟。無事に撃退はできたものの、査問を持ち掛けてきたフェザーンに対して、当然不信感を募らせていました。 フェザーン駐在の自由惑星同盟高等弁務官ヘンスロー は、 自治領主の首席秘書官ルパート・ケッセル...

人気の投稿