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2021年10月30日土曜日

ヤン・ウェンリー「主体的な意思をもった個人が集まってできる社会の一つの方便として国家がある」(本伝第31話)

フェザーンの自治領主ルビンスキーと秘書官ルパート・ケッセルリンクの策略により、イゼルローン要塞から遠く首都星ハイネセンに召喚されたヤン・ウェンリー。そこで彼を待ち受けていたのは、国防委員長ネグロポンティによる、「査問会」という非公式・非公開の精神的な拷問の場でした。

副官フレデリカとも引き離され、単独で査問会に臨むヤン。そこで、様々な質問(というより糾弾)がなされます。普段穏やかな言い回しをするヤンですが、査問会では少なくとも二回、激しい反論をします。その一つが、以下のやりとりでした。

ネグロポンティ「クーデター派の第11艦隊と戦うにあたって、君は全軍の将兵に向かって言ったそうだな。国家の荒廃など、個人の自由と権利に比べたら、取るに足らぬものだと」。「不見識な発言だとは思わないかな」。

ヤン「国家の構成員として個人があるのではなく、主体的な意思をもった個人が集まってできる社会の一つの方便として国家がある以上、どちらが主で、どちらが従であるか、民主社会にとっては、自明の理でしょう」。

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第31話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、基本的な話かもしれませんが、自由という権利は意識して保ち続けなければ気が付かないうちに失われる、という点でした。

主体的な個人が自由を行使できる社会は、現代の日本であればある意味「当たり前」のように思われていますが、実際に実現しているのは直近2世紀あまりのことにすぎません。それまでは、会社や国よりも大きな範囲で、個人に自由はありませんでした。職業選択の自由はありませんし、結婚相手も選べない、居住地を選ぶ自由もない、もちろん国を選ぶ自由もありません。また、現代でも個人が自由を得ているのは民主主義の国だけだと思います。

他方で、人間は気を抜くと自由の価値を忘れ、誰かに隷属したくなるものだと感じています。自由というのは何を判断するにも自己責任がつきまといますから、その責任を自由と共に誰かに引き渡して、気楽に生きていたくなる、そんな風につい考えてしまいます。そして、そういった考え方が、ネグロポンティや彼の主人である評議会議長トリューニヒトにより利用されています。政治や未来を考えるのが面倒になった人の票を集めて、自身の権力を強化しているのです。いわゆる、衆愚政治です。

民主国家が健全なのは、ヤンの言う主体的な個人が比較的多い段階だと思います。半数とは言いませんが、俗にいう2:8の法則(2割の人間が全体を引っ張って組織が成り立つ、という考え方)でいけば、2割程度そういった人材がいれば、成り立つのかなと思います。そして、主体的な個人が極少数派になってしまうと、トリューニヒトのような政治屋が出現し、美辞麗句で国民の自由を取り上げ、ますます健全性が失われていく。自由惑星同盟の表舞台から主体的な個人が消えていく様は、現代の民主国家の未来を暗示しているようで、恐ろしくなります。

同じことは日本社会における会社と従業員の考え方にも当てはまると思います。20世紀の日本社会では(21世紀でもつい最近までは)、終身雇用が当たり前で、従業員は基本的に転職をしませんでした。転職をする人は「普通ではない」という見られ方をしていたと思います。つまり、職業選択の自由は新卒のたった一回で、それ以降は自由はない、それが当たり前、という考え方が幅を利かせていたと言えます。そのように自由が奪われた中で、従業員たる個人は、会社が言うこと、上司が言うことに従わざるを得ません。その代わり、従業員たる個人側は、会社に自身の未来に関する判断をお任せにしていたとも言えます。

21世紀も5分の1が過ぎ、各会社がグローバル競争を生き残る上で、個人の自由を奪う終身雇用は有利ではない(むしろ足枷になっている)という認識が色濃くなってきています。これまで終身雇用を率先していた会社側の方が、従業員に対して「キャリア戦略は自分で立てるもの」=「主体的な個人になれ」と言い出す世の中になってきました。今はまさに、個人が職業選択の自由という素晴らしい権利を再認識する良いチャンスだと思います。

2021年6月30日水曜日

ジェシカ・エドワーズ「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」(本伝第21話)

ルグランジュ提督の第11艦隊を失ったグリーンヒル大将率いる救国軍事会議は、経済も破綻し、窮地に立たされます。ヤン艦隊が首都星ハイネセンを包囲するのも時間の問題。そんな中、事件が発生します。軍国主義に反対する市民が、民主派議員の呼び掛けに応じ、ハイネセンスタジアムにかけつけたのです。その数は20万人以上。そして、市民に呼び掛けた民主派議員が、ヤンの学生時代からの親友ジェシカ・エドワーズです。

グリーンヒル大将は、ハイネセンスタジアムの鎮圧に、クリスチアン大佐を派遣します。この人選は、後ほどはっきりしますが、明らかに誤りでした。なぜなら、クリスチアン大佐は根っからの軍国主義者で、ハイネセンスタジアムのデモを平和的に解散させるなど、微塵も考えていなかったからです。

クリスチアン大佐は、市民を何人か並べ、殴り、脅しました。「死ぬ覚悟もないやつが偉そうなこと言いやがって!」。そこに割って入ってジェシカは叫びます。「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」。しかし、ジェシカはこの後、言ってはいけないことを言ってしまいます。すなわち、「暴力によって自分が信じる信念を他人に強制する人間は後を絶たないわ。銀河帝国を作ったルドルフも、そして大佐、あなたも。あなたはルドルフの同類よ。それを自覚しなさい。そしている資格のない場所から出ておいき!

この一言がまずかったのは、それが真実だったからです。そして、クリスチアン大佐は、それを公に絶対に認められなかった。なぜなら、銀河帝国に対抗するために、自由惑星同盟が皇帝と同じことをしてしまっては、自らの存在意義を否定することになるからです。そして、この後のクリスチアン大佐の反応は、激烈なものになったのでした。

ジェシカ・エドワーズ「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」(本伝第21話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第21話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ジェシカの行動は、もちろん勝算に値するものだと思います。軍国主義のクーデターの下、不安にさいなまれる市民の心の支えに自らがなる、その行動は、純粋に市民を愛する議員のあるべき姿だと思います。

しかし、ここでの学びは、そこではないと思います。むしろ、信念同士が逃げ道をふさいでぶつかると、必ずどちらかが(あるいは双方が)倒れる、という点が重要だと思っています。ジェシカはクリスチアン大佐の逃げ道をあからさまに塞ぎました。お互いに引くに引けない状況になった、と言えます。

これは、ハイネセンスタジアムにクリスチアン大佐を派遣したグリーンヒル大将の落ち度でもあると思います。ジェシカ・エドワーズは既に反戦派で知られる議員でしたし、戦没者慰霊会でトリューニヒト現議長にも歯向かったことも、グリーンヒルは良く知っています。(グリーンヒル大将はそこにいましたから)。また、クリスチアン大佐が過度な軍国主義者であることも、クーデターのメンバーに加えた時点から分かっていたことだと思います。なぜ、水と油の二人を対決させたのか。今回の事件は、事の発端はハイネセンスタジアムではなく、救国軍事会議の会議室から始まったとみるべきだと思います。

そして、残念なことに、信念を絶対に曲げない二人が激突し、お互いに散るという結果になってしまいました。

また、もっと恐ろしいのは、この結末を最も歓迎したのは、この時地下に潜んでいた国家元首トリューニヒトだという事実です。トリューニヒトにとってこの事件は、自身に歯向かった民主派議員ジェシカ・エドワーズと、クーデターを起こした救国軍事会議の共倒れだからです。そのことを考慮すると、クリスチアン大佐をハイネセンスタジアムに派遣させたのは、その会議の場に居合わせたベイ大佐(実はトリューニヒトのスパイ)の可能性があります。そう仕向けることがトリューニヒトの意に沿うことは、ベイ大佐であれば十分に理解できたからです。実際、ベイ大佐は救国軍事会議の分裂を誘う発言をしています。

そう考えると、ジェシカもクリスチアン大佐も、二人ともトリューニヒトの陰謀の犠牲者と言えるのかもしれません。

2021年4月4日日曜日

シドニー・シトレ「妙なものだ…トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」(本伝第16話)

アムリッツァ星域会戦で惨敗した自由惑星同盟では、戦争に反対していた各人の境遇はそれぞれ異なるものでした。

最高評議会の国防委員長トリューニヒトは、戦争に賛成した議長に代わって、議長代理の座につきます。同じく反対していたジョアン・レベロ財務委員長とホワン・ルイ人的資源委員長は留任されますが、トリューニヒトほど優遇はされませんでした。

軍部では生き残ったヤン・ウェンリーとビュコックは大将に昇進し、それぞれイゼルローン要塞の司令官、宇宙艦隊総司令官職につきました。キャゼルヌは地方に左遷、そして、統合作戦本部長のシドニー・シトレは引責辞任することになりました。

こうして見ると、今回の戦いで最も利を得たのは、トリューニヒトということになります。TVショーでスポットライトを浴びるトリューニヒトの姿を見て、シトレがこうつぶやいた通りです。「妙なものだ。同じく戦争に反対していたのに、我々は軍を追われ、トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」。

シドニー・シトレ「妙なものだ…トリューニヒトは我が世の春を謳歌している」(本伝第16話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第16話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

この差はどうして生じたのでしょうか。そこに今回の学びがあると思います。

結果論ですが、トリューニヒトは失敗するという結果まで読みきって、それを手段として利用する目的で反対し、シトレは本質的に反対した、というところの違いではないか、と思います。どちらの行動も学ぶことの多いものだと思います。

学びの一つは「起きたことは最大限利用する」ということです。トリューニヒトは様々な方面からの情報を踏まえ、フォーク准将に持ち込まれた今回の戦争が無謀であることは分かっていたように思います。そのため、ここで反対意見を投じる賭け(しかもかなり有利な賭け)をして、それに難なく勝った、ということなのだと思います。あまり好意的に評価される人物ではありませんが、このあたりの抜け目のなさは、学ぶところが多いです。

そして、もう一つは「自身のポリシーを貫く」ということです。シトレは持論に従い今回の戦いに反対を表明しました。そして、失敗後は潔く身を引いています。「自分はもともと反対だった」などと変に騒ぎ立てず、飛ぶ鳥後を濁さずに去っていきました。その結果、彼は後の軍部高官(ロックウェル大将など)や政治家達(トリューニヒト、レベロ達)が被る誹謗中傷とは無縁に生きることができたのだと思います。
※もっとも、ヤンの死後、身を引いたという自身の行動を本人は相当後悔していますが。

2021年2月2日火曜日

ジェシカ・エドワーズ「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?」(本伝第3話)

惨敗したアスターテ会戦の戦没者慰霊祭では、自由惑星同盟の国防委員長ヨブ・トリューニヒトが、愛国心を鼓舞する演説を行っていました。故国を守るために、戦没者たちは命を捧げたのだと。そして、憎き銀河帝国を倒すため、戦いはやめないのだと、戦没者の家族たちの前で堂々と訴えていました。

そこに、アスターテ会戦で婚約者を失ったジェシカ・エドワーズ(ヤン・ウェンリーとは親友)が演台の近くまで歩き出て、トリューニヒトにこう話しかけます。「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?あなたのご家族は?あなたの演説はもっともらしいけど、あなた自身はそれを実行しているの?」

ジェシカ・エドワーズ「あなたはどこにいます?戦争を賛美するあなたはどこにいます?」(本伝第3話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第3話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっ ふ・サントリーより引用

このシーンをアニメで初めて見たのは高校生くらいだったと思いますが、強烈な印象が残っています。トリューニヒトはどの時代でもどこの世界にもいる「無責任政治屋」の生きた見本のような男ですが、その彼の痛いところをジェシカは公衆の面前で突きつけました。ヤン・ウェンリーがこの同じ第3話の中で、ジェシカに「誰かが言わなければならないことだったんだ」と言っているとおりです。

より悩ましいのは、こういう本質的な問題の場合、言われる側の方が、言う側よりはるかに強いことがある、ということです。国家権力や社会の権力者に対して意見を言うことは、現代では某専制国家のような国でない限り、命を取られるまではいきませんが、近代以前の時代では、命をかける必要がある行動だったと思います。実際、この後、ジェシカはトリューニヒトのお抱え治安維持部隊「憂国騎士団」に襲われることになります。

また、国レベルの話に限らず、ビジネスの世界でも、人をそそのかしておきながら、自分は決して危険な場所に降りてこないトリューニヒトのような人がたくさんいます。そういう人々に対して、真っ向から戦うのか、無視して自らの職務に集中するのか、それとも迎合するのか、選択肢はたくさんありますが、ジェシカのこのシーンを思い出すと、つくづく悔いのない選択をしたいと思います。(もっとも、私自身は、ジェシカのように真っ向から戦いたいと思うものの、実際にその立場になったらできないだろうな、と思っています。小さい人間です)。

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ルパート・ケッセルリンク「未来の原因としての現在をより大切にすべきでしょうな」(本伝第34話)

総司令官ヤン・ウェンリーの査問中に、留守となったイゼルローン要塞を狙われた自由惑星同盟。無事に撃退はできたものの、査問を持ち掛けてきたフェザーンに対して、当然不信感を募らせていました。 フェザーン駐在の自由惑星同盟高等弁務官ヘンスロー は、 自治領主の首席秘書官ルパート・ケッセル...

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