唯一の実戦部隊であるルグランジュ提督の第11艦隊が敗北する前から、そもそも救国軍事会議にとってヤン・ウェンリーは目の上のたんこぶでした。そこで、刺客を派遣して暗殺しようと試みます。その任に当たったのが、情報部のバグダッシュ中佐でした。
バグダッシュ中佐の試みは、要塞防衛司令官シェーンコップの機転により失敗に終わります。バグダッシュが疲れてタンクベッド(ウォーターベッドの超強力版)で寝ているところ、シェーンコップは冷凍睡眠にモードを切り替えます。そして、バグダッシュはルグランジュが敗れるまで目を覚ますことはありませんでした。もっとも、本当に暗殺しにきていたとしても、成功したかどうかは怪しいのですが。(バグダッシュは情報戦のエキスパートですが、戦闘のエキスパートではありませんので)。
しかし、バグダッシュの物凄いところは実はこの後です。ルグランジュ提督がヤンに敗れた直後(つまり冷凍睡眠から解放された直後)、すぐさまヤン艦隊への鞍替えを発表します。「クーデターの失敗はもはや時間の問題」と、仲間をあっさりと切り捨てるのです。その様を見たヤンから「そう簡単に主義主張を変えられるのかね?」と聞かれると、「主義主張なんて生きるための方便です」と軽く言ってのけました。
個人的には、こういう人の方が人間としては実はまともなんじゃないか、と思います。人間として最も大事なのは自分であり、自分を方向づけるために使われる手段として、主義や主張があるというわけです。目的が自分で、主義主張は手段。
逆に、主義や主張を前面に出して、それに賛同しない他人を貶める人間が多くいます。国民国家論もそれの一種です。宗教戦争もそれに近い話だと思います。(宗教の全てを否定するつもりはありません)。彼らにとって、主義主張が目的で、自分や他人は手段です。そんな彼らと比べて、バグダッシュのタイプは付き合いやすいタイプではないかと思います。
全ての主義主張が悪だというつもりはありません。私にも主義主張はあります。ただ、世の中に多くの主義主張があり、その主義主張が一致する可能性は高くはないので、それが目的になると歪みが生じてしまう、という点が問題なのだと思います。
他方で、バグダッシュが裏切りやすいタイプであることも確かです。ヤンは後ほどユリアンに語っていますが、「バグダッシュはきちんと計算ができる男だ。私が勝っているうちは、裏切ったりしないよ」ということで、ヤンが落ち目になれば裏切る可能性があることを示唆しています。自身が生きる道を懸命に探しているタイプにとって、どこに属しているかに拘りはない、状況次第で動く、ということだと思います。
補記:ただ、ヤンはそう言っていますし、ユリアンもかなり後までバグダッシュを警戒していますが、実はこの人(バグダッシュ)、案外理想を求める人なんじゃないかなぁ、とも思います。結局最後までヤンやユリアンの理想にお付き合いしますので。単に、この時まで、ついていきたくなる理想や上司に巡り合えなかっただけでは、と思います。この後、幾度となくヤンが不利になる場面(ハイネセンでの拘禁時など)や、逃げ出せる場面がありましたが、初登場当時のキャラは身を潜め、むしろヤン艦隊に多くの献身と貢献をしています。
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