2021年7月4日日曜日

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)

フェザーンの宇宙船ベリョースカ号の船長ボリス・コーネフはヤン・ウェンリーの幼馴染で(この段階ではまだ明らかになっていませんが)、銀河帝国の内戦中、新興宗教である地球教の信者たちを聖地まで乗せていく仕事をしていました。異国の辺境に差し掛かったころ、ラインハルトの命で辺境制圧に乗り出していたキルヒアイス提督の検閲網にかかります。

キルヒアイスは通信映像上で乗船しているメンバーに害がないことを悟り、航行を許可します。それどころか、不足物資の提供まで申し出るのでした。キルヒアイスの人柄をとても良く表しているシーンです。

マリネスク他ベリョースカ号の乗組員たちは、一瞬でキルヒアイスのファンになりますが、ボリス・コーネフだけは少し違う反応でした。

気の毒に。いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」。

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

キルヒアイスは敵方に当たる自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが評価しているように、全く軍国主義的要素がなく、尊大さの欠片もなく、相手への思いやりもある、それでいて将帥として、また実務者して非常に高い能力の持ち主です。難があるとすれば、アンネローゼやラインハルトを優先しすぎて、自己の主張が薄い点でしょうか。しかし、思想的な偏りもないため、ヤンは彼が銀河帝国と自由惑星同盟、つまり専制国家と民主国家の共存のキーパーソンになると考えていました。

こういったタイプの人間は、ボリス・コーネフの言う通り、やはり長生きしない傾向にあると思います。というのも、貧乏くじを引くことが多い(というより、自ら貧乏くじを引いてしまう)からです。キルヒアイスの場合も、この後、全く彼の落ち度ではない理由で、命を落としてしまいます。※もしキルヒアイスがもう少し自我を主張していたら、結果は違っていたはずです。

ここでの学びは、生き残りたいのであれば、いい人をやめる、という点です。

キルヒアイスの人間性は非の打ちどころがありません。私もキルヒアイスが好きですし、こんな人が上司だったらな、と思います。ただ、彼は恐らく、アンネローゼとラインハルトの姉弟に出会った時点で、彼自身だけが「生き残る」という選択肢を、人生から外してしまったように思います。

現代の一般人、ビジネスの世界に生きる人々にとっては、自我を捨てるほどの何かに出会うことは、滅多にないでしょう。上司、組織、会社、同僚、その他、自身の生き残りを捨ててまで重視するものではないと思います。

しかし、そうではないにも関わらず、「いい人」だからこそ、貧乏くじを引き続けて潰れていってしまう人がいます。「いい人」以外の人(フリーライダー)が、「いい人」に自身の仕事を押し付けて、自身は休暇をとって旅行などに行ってしまうからです。※組織が危機的状況に陥っている場合、特にこの傾向が強まると思います。

ここでいう「いい人」は、そうやってたくさんの仕事をこなすので、必然的に能力が上がります。そして、さらに多くの仕事を押し付けられることになります。まるでそれが当たり前かのように。悪循環としか言いようがありません。会社の評価が上がるのであればまだ救いがありますが、多くの場合、彼らに仕事を押し付けたフリーライダーの方が評価が上がり、出世していきます。

こうして、押し付けられる仕事が増え続けると、「いい人」は結局膨らみ切った風船のように割れて潰れるか、組織を去ってしまいます。そして、皆が「いい人」の存在価値の大きさに、失ってから初めて気づく、というのがよくあるお話だと思います。

キルヒアイスの場合も、失ってから様々な人がそれぞれの観点で、「ジークフリート・キルヒアイスが生きていれば」と回想しています。キルヒアイスほどの洞察力や自己防衛力をもった人間でも、「いい人」であるが故に消えてしまう。我々は本当に生き残りたいのであれば、やはり「いい人」をやめることが一番の選択だと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注目の投稿

ルパート・ケッセルリンク「未来の原因としての現在をより大切にすべきでしょうな」(本伝第34話)

総司令官ヤン・ウェンリーの査問中に、留守となったイゼルローン要塞を狙われた自由惑星同盟。無事に撃退はできたものの、査問を持ち掛けてきたフェザーンに対して、当然不信感を募らせていました。 フェザーン駐在の自由惑星同盟高等弁務官ヘンスロー は、 自治領主の首席秘書官ルパート・ケッセル...

人気の投稿