2021年12月26日日曜日

ホワン・ルイ「政治家とはそれほど偉いものかね」(本伝第32話)

自由惑星同盟で政治屋達が救国の英雄ヤン・ウェンリーをいびっている最中に、「見事なタイミング」で銀河帝国軍がイゼルローン要塞奪還に向けて進出します。(そもそもフェザーンが仕組んだことなので、タイミングが良いのは当たり前なのですが)。しかも、帝国軍はこれまでと違い、要塞ごとイゼルローン回廊に侵入してきたため、これまで以上の脅威であることは誰の目にも明らかでした。(これも、フェザーンの助力で貴族連合軍の本拠地だったガイエスブルク要塞を移動要塞化して実現しています)。

その報は、イゼルローンをヤンから一時的に預かっていたキャゼルヌから、超高速通信を使って首都星ハイネセンに届けられます。そして、それはまさに何度目かの査問会で、ヤンが辞表を盾に反撃をしている真っ最中でした。

査問会を取り仕切っていたネグロポンティ国防委員長以下メンバー達は、別室に集まって対策を協議します。ヤンがいなければイゼルローン要塞が落ちることは自明で、イゼルローンが落ちれば確実に首都星ハイネセンに帝国軍が押し寄せてくるでしょう。つまり、彼らが取れる選択肢は、査問会を中止してヤンに一刻も早くイゼルローンに戻ってもらうことでしたが、懸念が2つありました。

1つは、これまで精神的拷問を受け続けたヤンが、素直にイゼルローンに帰るという選択を受け入れてくれない可能性があること、そしてもう1つはヤンを頼るために査問会を中止にしてしまうと、査問会を開催した政治家たちのメンツが台無しになる可能性があることでした。

ネグロポンティは逡巡するものの、その場にいた唯一の良識派ホワン・ルイに促され、査問会を中止とする決断をします。そして、彼等らしい選択ですが、2つの懸念のうち、後者を優先して、前者は運に任せるやり方を採ります。つまり、ヤンに対し、国防委員長として、イゼルローンに戻って防衛に専念するよう「命令」したのです。査問会での拷問への「謝罪」を何一つせず、また救国の英雄に「依頼」をすることもなく、ただメンツが潰れることのみを避けるために取った行動が「命令」であったと思います。

ここでヤンには、用意していた辞表を出して命令を拒否する選択肢もありました。実際、査問会メンバーがヤンから承諾の言葉を聞くまで、少し間があったため、ヤン自身も一瞬迷ったのかもしれません。しかし、最終的にヤンはネグロポンティの命令という名の依頼を受領し、イゼルローンへの帰還の途につきます。

表題の言葉は、ヤンが退出したのち、査問会メンバーの一人が「あの態度は目上に対して礼を欠くこと甚だしい」と称したことに対する、ホワン・ルイの一言です。

「政治家とはそれほど偉いものかね。私たちは社会の生産になんら寄与しているわけではない。市民が納める税金を、公正にかつ効率よく再配分するという任務を託されて、それに従事しているだけの存在だよ。彼が言う通り、私たちは社会機構の寄生虫でしかないのさ」。

ホワン・ルイ「政治家とはそれほど偉いものかね」(本伝第32話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第32話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、政治家と市民は本来は対等、ということでした。

私がこの場面に遭遇する前、政治家は彼らが自らを「目上」と称したように、色々な意味で「偉い人」達だと考えていました。というより、政治家だけでなく、ビジネス上で社長・部長などの肩書を持った人たちも、「目上」のように感じていました。

しかし、ホワン・ルイのこの言葉で、当時、まさに自身が啓蒙されたと感じました。つまり、政治家を始めとする「偉い人」達は、ただリソースを再配分するという仕事をしているにすぎず、実際に生産する側との関係は、あくまで対等であるということです。物事をヒエラルキー(昔の士農工商やカースト制度)のような見方をすると、そこには明らかな上下関係がありますが、役割を重視してみると、そこにあるのはただの役割機能の違いであって、上下関係ではないことに気づきます。

この考え方はある意味当たり前なのですが、同じ会社で長く働いて管理職の階段を登っていくことが「偉くなる」道だと言われてきた日本のサラリーマンにとっては、受け入れがたい考え方のように思います。(もちろん、古くからの政治家の皆さんにとってもそうでしょう)。

近年、終身雇用前提の人事制度から、役割・機能重視の人事制度に変えていく動きが日本企業でも見られますが、その背景には、そもそも管理職と現場は対等であるという、このホワン・ルイのような考え方が背景にあるのだと思います。

もう一つの学びは、常に出口を考えて組み立てをするべき、という点です。

ネグロポンティは、査問会の最終盤で追い込まれてしまいます。すなわち、ヤンの機嫌を取るか、査問会開催側のメンツを取るか、二者択一の賭けをせざるを得なくなったからです。しかし、帝国軍の襲来は予期できないとはいえ、いずれヤンを解放せざるを得ないわけですから、両者(ヤンの機嫌と政治家のメンツ)を両立させる出口に向けて、シナリオを組み立てておくべきでした。

そのあたりの配慮が少しでもあれば、政府(トリューニヒト個人ではなく)とヤン艦隊は、もう少し連携できたはずなのですが、自治大学学長オリベイラに代表される自由惑星同盟の知識人達は、そこまで頭が回らなかったようです。

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