ヤン・ウェンリーが首都星ハイネセンで査問会から解放されつつある頃、イゼルローン要塞は危機的状況にありました。銀河帝国軍がケンプ大将を総司令官、ミュラー大将を副司令官に任じ、ワープエンジンを取り付けたガイエスブルク要塞を用いて、大艦隊をイゼルローン攻略に派遣したのです。
ヤンが不在の中、イゼルローンでは代理を務めるキャゼルヌが指揮を執っていましたが、いかんせんキャゼルヌは事務方の人間で、実戦経験がありません。シェーンコップ、アッテンボロー、グエン・バン・ヒューといった歴戦のつわもの達をうまく統括できませんでした。その結果、要塞完成以来傷一つついていなかった防御層に敵要塞の主砲を撃ち込まれるだけでなく、手薄になった背面からの攻撃で艦砲に外壁を破られるなど、あと一歩で要塞が墜ちる、というところまで迫られてしまっていました。
士気が落ちつつある中、唯一の望みは首都星ハイネセンからのヤンの帰還と増援です。すでにこの時、キャゼルヌはハイネセンに敵襲の報は伝えていましたから、時間が稼げれば増援が来るはずでした。しかし、問題はその時間でした。ハイネセンからイゼルローン要塞に艦隊が到着するには、急いでも4週間かかります。形勢が不利な今の状況下で、ひと月近く持ちこたえなければならない。副参謀長パトリチェフが要塞内放送で全軍を鼓舞する中、その大変さを実感している空戦隊長の二人(ポプランとイワン・コーネフ)は愚痴をこぼしあうのでした。
ポプラン「パトリチェフのおっさんもよく言うぜ。(中略)ヤン提督が帰還する前にイゼルローンが墜ちている可能性を無視している」。
イワン・コーネフ「誰でも悲観論より楽観論を好むものさ」。
ここで学んだのは、嘘をついてまで維持すべき士気の重要性です。パトリチェフは、ヤンがいつ帰還するのか(そもそも帰還するのかすら)不明な状況にも関わらず、それを隠して「我々は勝利に近づいている」と全軍を鼓舞しています。そこに現実をよく知るポプランが嚙みつくわけですが、ここではイワン・コーネフの見解の方が理にかなっていたと思います。この段階で士気が乱れ投降者や離脱者が出てしまえば、ヤンが到着する前に軍が瓦解していた可能性が高いからです。
同様の状況、つまり、先が見えない中、何かを拠り所にして(時として他人や自分に嘘をついてでも)とにかく頑張らねばならない状況というのは、人生の中で何度か遭遇するものだと思います。中国の三国志の世界でも、魏の英雄曹操が、行軍中に水不足で兵士の士気がダダ下がりの中、「もうすぐ梅林がある」と嘘をついて乗り切ったという逸話があります。こういった場面で希望を捨てずひと踏ん張りできたかどうかで、その人の人生はかなり変わることになると思います。
もう一つの学びは、ここの文脈と若干異なりますが、専門家の重要性です。
ヤンは、今の時期に帝国軍が攻めてくることは「理論上」確率が低いと見たため、事務方のキャゼルヌに後を任せてハイネセンに向かいました。平時であれば最良の選択肢だったわけですが、あいにく予想に反して帝国軍が攻めてきました。(フェザーンがイゼルローンからヤンを遠ざけて陥落させようとしたので、当たり前といえば当たり前なのですが…)
そして、残念ながらキャゼルヌは軍事面でうまく統率できないことが、アニメでも克明に表現されています。シェーンコップに好き勝手されて呆然とするキャゼルヌの姿が描かれているのですが、もちろん本人のせいではありません。他方で、ヤンは軍事面、特に専門家を統率するという面で、稀にみる専門家です。そして、この状況を丸く収めたのは、ヤンと同様に軍事および統率面で一目置かれているメルカッツ提督でした。※後に、メルカッツ提督は同盟崩壊後に「動くシャーウッドの森」の指揮をヤンから託されます。
このエピソードは、いかに適材適所が大切か、専門家が欠けることがいかに致命的か、ということを教えてくれていると思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿