2022年1月23日日曜日

ヤン・ウェンリー「全人類社会が単一国家である必要はないさ」(本伝第33話)

銀河帝国軍の襲来により政治家たちの査問会から解放され、ヤン・ウェンリーは5000隻ほどの援軍とともに、イゼルローン要塞への帰途についていました。要塞にたどり着くまでの期間は約4週間。その道すがら、副官のフレデリカに、専制国家である銀河帝国と、民主制国家である自由惑星同盟の共存論について、自身の見解を述べていました。

ヤンは民主制で全人類が統一されることの必要性を認めておらず、そのことを「全人類社会が単一国家である必要はないさ」という一言で簡潔にフレデリカに伝えています。また、貴族連合軍の戦いの中で亡くなってしまったキルヒアイス(帝国宰相ローエングラム侯ラインハルトの親友かつ側近)が生きていれば、帝国と同盟の橋渡しをしてくれたかもしれない、と、敵国の将軍でありながら、故人を悼むのでした。

ヤン・ウェンリー「全人類社会が単一国家である必要はないさ」(本伝第33話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第33話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、ダイバーシティの考え方は政治体制にも有効、ということです。

人類社会において、政治体制にはいくつか種類がありました。神権政治、封建制、絶対君主制、民主制、などなど。それらは、どれが悪で、どれが善というものではない、というのがヤンの基本的な考え方だったと思います。それぞれに利点/欠点があり、互いにそれを認め、状況に応じて最適な選択ができる状況を維持する、これが理想の姿だと。

銀河帝国内で、相対する政体(銀河帝国にとっての民主制、自由惑星同盟にとっての専制)に対し、ヤンのように少し寛容に考えられるのは、キルヒアイス以外にはいなかっただろうと思います。彼には他者を受け入れる寛容さがあり、それは現代社会でいうダイバーシティ・インクルージョンの考え方に近いものでした。他方で、この時点でのラインハルトと総参謀長オーベルシュタインには、専制国家以外を許容する考えはなかったように思います。

では、専制と民主制の利点と欠点は何か、そしてこの時点ではどのような選択が最適だったのでしょうか。後の言動も踏まえると、ヤンはそれぞれを以下のように紐解いていたのではないかと思います。

専制 利点:改革をドラスティックに実行できる
   欠点:最高権力が世襲され善政/悪政どちらになるかがギャンブルになる
      国民が政治に責任を持たない

民主制 利点:国民が政治責任を負う、多数の知恵が政治に反映される
    欠点:改革スピードが遅い
       責任逃れが横行し何も決まらない病が蔓延する(衆愚政治)

最適だと思われる解
・銀河帝国がラインハルト・フォン・ローエングラムの元に改革される
・ただし、全人類社会がラインハルトの下に統一されてしまうと、
 もし後継者が愚鈍であった場合に取返しがつかなくなる
・そのため、自由惑星同盟は民主制を保って独立を維持するべき

多くの人間は、どちらかが善でどちらかが悪、あるいは味方と敵、という二者択一を前提にしてしまいがちですが、そうではないということです。そうではなく、政体についてもダイバーシティ・インクルージョンが必要で、自身の帰属する政体だけを唯一無二と考えない方が良い、ということだと思います。

※本件、言葉にするのは簡単ですが、人間には(おそらく本能的に)帰属意識というものがあり、どうしても自身が属する社会政体を肯定(あるいは社会政体に従属)しがちになってしまうので、とても実行が難しい考え方だと個人的には思っています。

なお、現代のダイバーシティ・インクルージョンには、「新結合によるイノベーション創出確率の向上」という面もあります。これは、ヤンの言ういわゆる「選択肢の温存」という論点よりも、更に先を行った考え方かもしれません。専制と民主制を掛け合わせてより良い政体が生まれる、といったイノベーションが起きれば、より良い社会、そして安定した社会にまた一歩近づくのかもしれません。

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