2021年7月23日金曜日

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第23話)

大艦隊のほぼ全てを失い、反皇帝派のリップシュタット連合軍は敗北への道を突き進んでいました。そんな中、門閥貴族の領地ヴェスターラントで暴動が起き、総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥、シャイド男爵が民衆に殺されてしまいます。

そんなヴェスターラントへの報復のため、ブラウンシュヴァイク公爵は地球を壊滅状態に陥れた熱核兵器の使用を決意します。側近アンスバッハ准将の制止も意味はなく、逆にアンスバッハは拘禁されてしまいました。善悪の判断もつかないくらい、ブラウンシュヴァイク公は追い詰められていたと言えます。

その報はリップシュタット連合軍に潜伏していたスパイから、ローエングラム侯爵ラインハルトの下に届けられます。当然、ブラウンシュヴァイク公爵の暴挙を止めるべく、艦隊を派遣しようとするラインハルト。しかし、そこを参謀オーベルシュタインに止められます。

いっそのこと、ブラウンシュヴァイク公にこの暴挙を実行させるべきです。オーベルシュタインは、このヴェスターラント200万人の民衆を犠牲にして、政治宣伝に使うべきだと主張するのです。最大多数の幸福のため、少数を犠牲にする。初歩的なマキャベリズムの論法を用いて、オーベルシュタインはラインハルトに決断を迫ります。

それに反発したラインハルトの発言が、「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」でした。

ラインハルト・フォン・ローエングラム「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第23話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、倫理(人の命)と政治(数の論理)は相反し、どちらかの選択を迫られることがある、という点です。

ラインハルトはこの時、オーベルシュタインに言いくるめられ、明確に核攻撃を止めることができませんでした。彼がキルヒアイスと共有している民衆第一の倫理的な信念と、オーベルシュタインの持ち出す政治的な覇者の論理の間に挟まれ、逡巡してしまったのです。キルヒアイスがもしこの場にいたら、ラインハルトの気持ちを尊重し、オーベルシュタインに真っ向から反対したはずですが、残念ながらラインハルトは一人でした。

結果として、この判断はラインハルトにとって人生で二番目にまずい判断(一番まずい判断の場面は、この後すぐに来ます)となりました。確かにオーベルシュタインによる政治宣伝により、リップシュタット連合軍の瓦解が早まり、内戦が早く集結したことは確かです。しかし、ここで彼は掛け替えのないものを失ってしまいます。民衆を「本気で」大事にするという姿勢と、キルヒアイスの信頼です。(ラインハルトはこの後、続けて人生で一番まずい判断をしてしまい、キルヒアイスそのものも失ってしまいます)。

このように、政治を優先した判断は、即効性はあるものの、根本的な何かを失いがちです。他方で、倫理を優先した判断は、時間はかかるものの、一貫性を確保して支持を得ることができます。今後、ラインハルトはオーベルシュタインの掲げる政治優先の戦略で覇者になりますが、この場面にもしキルヒアイスがいて、ラインハルトに倫理優先の判断をさせていたらどうなったか。今となっては完全な「if」の世界ですが、史実とは全く違う展開になったであろうことは疑いありません。

2021年7月19日月曜日

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

ローエングラム侯爵の逃げる演技にまんまと騙され、本拠地ガイエスブルク要塞から引きずり出された挙句、猛反撃を受けて壊滅状態に陥ったリップシュタット連合軍。彼らを全滅から救ったのは、ブラウンシュヴァイク公爵に疎まれガイエスブルク要塞に残っていたメルカッツ提督でした。

しかし、境地を救ったメルカッツに対し、ブラウンシュヴァイク公爵は心無い一言をかけます。「なぜもっと早く救援に来なかった!!」。自分がメルカッツに要塞に残れと指示したにも関わらず、です。これにはメルカッツの副官シュナイダーも黙ってはおられません。身を乗り出して抗議しようとしますが、上官に制止されます。

そんなシュナイダーに、メルカッツがその後語った内容がこれです。少し長いですが、名言ですので、丸ごと引用します。「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ。精神面のな。その病気を育てたのは、500年にも及ぶ貴族の特権の伝統そのものなのだ。その意味で言うと、公爵も被害者化もしれんな。100年前ならあれでも通じたのだ。不運な人だ。」

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ「ブラウンシュヴァイク公は病人なのだ」(本伝第22話)

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、時代が作った「普通の人」が、その時代の終わりには敵役になる、ということです。

銀河帝国は、当時の国家元首ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが民主制を廃し、自身を支持する集団を帝国貴族として特権を与え、専制国家としての支配体制として整えた国です。そして、その特権は世襲で代々親から子へ受け継がれるものとされました。そのため、メルカッツの言うこの「特権」は、時代が経つに連れ、門閥貴族達が生まれた時から保有している支配権ということになります。日本の士農工商制度の武士、封建性や王制時代の貴族達、神権政治の神官達の位置づけです。

人は人の下に人を作ることを好むものだと思います。福沢諭吉が「天は人の下に人を造らず」と敢えて言っているのは、放っておくと人は人の下に人を作りがちだからだと思います。しかも、それが自分が築いたものではなく、生まれた時から、つまり本人の努力ではなく祖先から受け継いだものな場合、余計厄介です。自分の下に人がいることが当たり前だと思い込んでしまうからです。こうして、貴族の時代の「普通の貴族」のメンタリティが出来上がります。それはゴールデンバウム王朝に特有なものではなく、日本の武士、神権政治の神官も同様です。

そして、時代が終わりに近づくと、彼らは途端に敵役に転じます。明治維新で終焉を迎えたのは武家政治でした。近代に移る際、ヨーロッパでは封建制と貴族制が消えていきました。そしてここでも討たれるべき敵役として、ブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族が対象となりました。メルカッツの言うように、「100年前ならあれでも通じた」、つまり彼らの方がむしろ「普通」だったはずなのに。

同じことは、規模は違いますが、もっと身近でも起きています。ビジネス現場で、新しいやり方に対する抵抗勢力がいる場合、彼ら守旧派はだいたい古いやり方をよく知っている方々でしょう。そして、守旧派の方がむしろ、10年前には「普通」だったと思います。しかし、時代が変わると、彼らはまるで敵のように語られることが少なくないと思います。

自分も今は「普通」かもしれないが、いずれ新しい「普通」の人々にとっての「敵」になるかもしれない。そう考えて、常に何が「普通」なのかをウォッチし続けること、つまり歴史的に言うと「開明派」であることが大事なのだと思います。

また、シュナイダーがメルカッツとの会話後に「ブラウンシュヴァイク公は確かに不運かもしれない。しかし、その人に未来を託さねばならないのは、もっと不運ではないのか!」とモノローグで語っているように、「普通」から「敵」になりつつある勢力に加担すると不幸です。そうならないためにも、時代の潮流を読み続けなければならないのだと思います。

2021年7月17日土曜日

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)

自らを「強い」と思い込んでしまったリップシュタット連合軍。彼らはローエングラム侯爵の軍が再びガイエスブルク要塞に迫ってきたという報を聞くと、全軍で出撃してしまいます。ロイエンタールによるシャンタウ星域の放棄から始まる一連の動きが、彼らを巣穴(ガイエスブルク要塞)から引きずり出すための芝居であったことも知らずに。

案の定、ミッターマイヤーの逃げる芝居に乗せられた連合軍は、ガイエスブルク要塞から遠く離れた宙域にまで引きずり出され、そこで猛反撃を受けます。それまで勝っていた(と思わされていた)だけに、戦況の突然の変化に彼らはついていけません。まだ10万隻ほど残っていたはずの大艦隊は、散り散りになり各個に撃破されていきます。

その中で秩序をもって猛スピードで転進し逃げていたのが、ファーレンハイト提督でした。彼はリップシュタット連合軍の中ではメルカッツに次いで実戦経験が豊富な提督で、真っ当な思考回路の持ち主でした。そのため、本件が罠であると気づいたときに、一目散に逃げに入ったのです。

しかし、彼のように素早く逃げを打った艦隊でも厳しいほど、ローエングラム侯爵ラインハルトの追撃は執拗なものでした。逃げても逃げても待ち伏せに会うファーレンハイト。ここで、ファーレンハイトは一つの事実に気づきます。ローエングラム侯がガイエスブルク要塞への逃げ道を予想して艦隊を伏せているという事実です。

このままガイエスブルク要塞に真っすぐ向かっていては、敵の思う壺。そこで、ファーレンハイトは思い切った手に出ます。「よし、左舷急速回頭!」。「それでは、通常航路から外れて、座標を見失う恐れが…」という副官ザンデルスの意見を無視して航路を大きく外れたファーレンハイトは、まんまと逃げきることに成功したのでした。

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト「よし、左舷急速回頭」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、変化を読む、です。ファーレンハイトは実験経験豊富なため、ローエングラム侯爵ラインハルトが「反転攻勢に出た」時に、「罠に嵌った」ことを一瞬で読み切ります。また、敵の攻撃が「斜め前から次々やってくる」ことを察知し、「横には敵がいない」ことも見切ります。つまり、変化の度に判断し、それまでの行動方針を即座に変える決断をしているのです。これは、OODAループと言われる意思決定理論に正しく沿った行動と言えます。

Wikipediaによると、OODAループとは「観察(Observe)- 情勢への適応(Orient)- 意思決定(Decide)- 行動(Act)- ループ(Implicit Guidance & Control, Feedforward / Feedback Loop)によって、健全な意思決定を実現するというものであり、理論の名称は、これらの頭文字から命名されている」という行動様式です。

ファーレンハイトが生き残ることができたのは、このOODAループが身についていたからに他なりません。逆に言うと、散り散りになって真後ろに逃げ続けたリップシュタット連合軍の多くの貴族提督達には、それが欠けていたと言えます。

また、ここでのもう一つの学びは、逃げるなら後ろではなく横に逃げるべき、です。戦いでもビジネスでも、前に壁が立ちはだかると、選択肢は3つしかないと思いがちです。すなわち、1.負ける戦いに挑んで敗北するか、2.何もせず座して終わりを待つか、3.真後ろに逃げ帰るか、です。しかし、ファーレンハイトの行動はそうではないと伝えています。つまり、横に逃げるという選択肢もあるということです。

ここでの艦隊戦ではファーレンハイトは敵の意表をついて逃げ切ることに成功しました。ビジネスや学校の進路でも、うまくいかない場合、理想の道を辿れない場合に、腐ったり諦めたり自暴自棄になるのではなく、横に逃げる道を探ることが得策です。社内異動を考える、転職を考える、違うビジネスを考える、ダブルスクールを考える、いっそ留学を考える、など、前に進む道が険しい、今の状況から逃げられない、あるいは後ろにしか戻れないと思っても、案外横に逃げる道は豊富にあるものだと思います。

自分で逃げ道を無くしてしまうのではなく、むしろ積極的に横の逃げ道を作るのが、先の読めない今の時代では必要な考え方なのではないか、と思うのです。

2021年7月14日水曜日

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)

リップシュタット連合軍の総司令官メルカッツが(あまり重要拠点ではない)シャンタウ星域でローエングラム侯爵の軍を退けたことは、貴族連合軍に思わぬ効果をもたらしていました。士気が制御不可能なレベルにまで上がり、出撃すれば必ず勝てるという妄想が広がっていました。

つまり、彼らは「自分たちが強い」と、誤解してしまったのです。これはシャンタウ星域を放棄したロイエンタールには想定しえなかった効果でしたが、ローエングラム侯爵ラインハルトや参謀オーベルシュタインにとっては予定通りの状況でした。

そんな中、リップシュタット連合軍の本拠地ガイエスブルク要塞に、先の戦いでシュターデン提督を破った疾風ウォルフガング・ミッターマイヤー提督が仕掛けてきます。彼は、要塞主砲の射程ギリギリのラインで示威行動を取っていました。ここに、連合軍の意気上がる貴族達が食いつきます。メルカッツが制止したにも関わらず、フレーゲル男爵(総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥)とそれに呼応した貴族達が、勝手に出撃してしまいます。

…そして、これまたメルカッツの一番嫌な結果に終わります。つまり、彼らはまた勝ってしまったのです。ミッターマイヤーは、フレーゲル男爵の軍勢を見るや否や、一目散に逃げだしてしまったのです。そして、貴族連合軍は、さらに「自分達は強い」という妄想を強めることになります。それがラインハルトとオーベルシュタインによって作り出された幻想であることを知らずに。

フレーゲル男爵たちは意気揚々と凱旋しますが、そこに待っていたのは、メルカッツの厳しい追及でした。「軍法会議も覚悟せよ!」。総司令官の指令に背いたのですから、通例の軍隊では、当たり前の処罰です。しかし、ここは規律ある軍隊ではなく、貴族の花園でした。総大将たるブラウンシュヴァイク公爵は、彼らを貴族であるからという理由で許したのです。「これは賞すべき行いであると認める」。その一言に、メルカッツがげんなりしたことは言うまでもありません。

こうして、リップシュタット連合軍は、「何をやっても許される」というなんの統制も効かない状況の下、奈落の底へと突き進んでいくことになるのです。

ブラウンシュヴァイク公爵「これは賞すべき行いであると認める」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、トップが規律を破ってはいけない、という点です。

ブラウンシュヴァイク公爵は帝国の大多数の貴族が集積する連合軍の総大将でした。また、自身の戦争スキルの不足を補完するため、メルカッツを総司令官として招聘しました。メルカッツの下で軍規が守られることが、この戦いに勝つための最低限の条件であるはずでした。

しかし、ブラウンシュヴァイク公爵は、甥であるフレーゲル男爵の軍規違反を咎めることができませんでした。というより、咎める必要性を恐らく感じなかったのだろうと思います。そこに、彼の将としての見通しの甘さが表れています。身内を優先して「あるべき姿」を捻じ曲げてしまったこと、そして、身内の軍規違反をこともあろうか「賞すべき行い」としてしまったこと、このことは、何があるべきで、何があるべきでないか、その価値観を180度真逆にしてしまったのだと思います。

一度こういう前例ができてしまうと、メルカッツなど本当に艦隊戦に通じている将帥たちのどんな正論も慎重論も、貴族達には通じなくなります。これが、ローエングラム侯爵ラインハルトとオーベルシュタインが描いた貴族連合軍の内部崩壊シナリオでした。貴族連合軍は、見事に「警戒すべき少数の将帥」と「烏合の衆」の2つに分断されてしまったのです。引き金は、ブラウンシュヴァイク公爵の不用意な一言、「これは賞すべき行いであると認める」だったことは疑いありません。

しかし、もしブラウンシュヴァイク公爵がもう少し将として器があり、フレーゲル男爵を罰していたら、どうなっていたでしょうか。リッテンハイム侯爵により全軍の3分の1を無為に失っていたとは言え、まだ10万隻近くがリップシュタット連合軍には残っていました。その大軍をメルカッツや後の帝国軍の中枢となるファーレンハイトがきっちり率いられていたら、それほど早くこの戦役が終わることはなかったと思います。そして、戦役が長引くということは、クーデターが収束した自由惑星同盟により帝国侵攻の可能性を高めることになり、それはローエングラム侯爵ラインハルトにとっては、極めて都合の悪い事態でした。つまり、貴族連合軍による逆転トライは十分ありえたと言えます。

そういう意味で、この場面は、トップの発言がいかに組織にとって大きな意味があるのか、そのことを反面教師で学ぶ良い機会になったと思います。

2021年7月10日土曜日

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)

ブラウンシュヴァイク公爵とともに前帝の外戚(妃の父)にあたるリッテンハイム侯爵は、リップシュタット連合の中ではナンバー2の存在でした。しかしながら、トップであるブラウンシュヴァイク公爵とはうまくいっていなかったようで、約50000隻の艦隊を率いて、本拠地ガイエスブルク要塞を後にします。彼の矛先は、ローエングラム侯ラインハルトの命を受けて辺境を制圧したキルヒアイスの艦隊です。

キルヒアイスの艦隊は約40000隻。リッテンハイム侯爵の艦隊はキルヒアイスのそれよりも数では勝っていました。しかし、やはり歴戦の提督と貴族提督では、経験と実力の差は大きすぎました。リッテンハイム侯爵は惨敗し、味方がまだ戦っている最中に逃げ出してしまいます。

ここまでならば、リッテンハイム侯は他の貴族と同等の「戦い慣れていなかったため敗北した」という程度の評価にとどまっていたと思います。しかし、この後が最悪でした。彼は、逃走中のルートに配置していた味方の輸送艦を、事もあろうか攻撃して破壊してしまったのです。彼は、参謀の制止を振り切って、味方を攻撃しました。「味方ならなぜ私が逃げる、いや転進するのを妨げようとするのか。かまわぬ、撃て。撃てと言うに」。

こうして、味方艦の残骸を背に、リッテンハイム侯はガルミッシュ要塞に這う這うの体で逃げ込んだのでした。

リッテンハイム侯爵「かまわぬ、撃て」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人生の大事な時期までに失敗は経験しておくべき、です。リッテンハイム侯爵にたいした能力はなかったと思いますが、相手が帝国軍ナンバー2のキルヒアイスですので、当時のリップシュタット連合軍の中でいい勝負ができたのは、総司令官メルカッツとファーレンハイトくらいだったと思います。そんな中で、2割程度多い艦隊で勝てと言うのが、そもそも無理だったと言えます。あるべき姿として、いったん敗北を認め、粛々と軍をまとめてガルミッシュ要塞に籠って再起を待てばよかったのです。

しかし、彼は一度の敗北で、まるで全てを失ったかのような振る舞いをします。戦い続けている味方に背を向け逃げ出しただけでなく、味方を撃って死なせました。これは、門閥貴族として育ったため、失敗をしたことがない、失敗に慣れていない、ということが大きな要因になっていると思います。

人生の中で、多くの人は大事なところで何かしら失敗を経験します。しかし、それは悪いことではなく、それを乗り越えて、より大きな成功につなげる、そういうことができる人間が、本当に強い人間だと思います。そのためには、幼少期や学生時代に失敗に慣れておくことが、とても大切だと思います。失敗慣れしていない人間は、リッテンハイム侯爵のように、大事な時に失敗してしまうと、二度と立ち直れなくなってしまいます。

2021年7月4日日曜日

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)

フェザーンの宇宙船ベリョースカ号の船長ボリス・コーネフはヤン・ウェンリーの幼馴染で(この段階ではまだ明らかになっていませんが)、銀河帝国の内戦中、新興宗教である地球教の信者たちを聖地まで乗せていく仕事をしていました。異国の辺境に差し掛かったころ、ラインハルトの命で辺境制圧に乗り出していたキルヒアイス提督の検閲網にかかります。

キルヒアイスは通信映像上で乗船しているメンバーに害がないことを悟り、航行を許可します。それどころか、不足物資の提供まで申し出るのでした。キルヒアイスの人柄をとても良く表しているシーンです。

マリネスク他ベリョースカ号の乗組員たちは、一瞬でキルヒアイスのファンになりますが、ボリス・コーネフだけは少し違う反応でした。

気の毒に。いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」。

ボリス・コーネフ「いい人間は長生きしない、特にこんなご時世にはな」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

キルヒアイスは敵方に当たる自由惑星同盟のヤン・ウェンリーが評価しているように、全く軍国主義的要素がなく、尊大さの欠片もなく、相手への思いやりもある、それでいて将帥として、また実務者して非常に高い能力の持ち主です。難があるとすれば、アンネローゼやラインハルトを優先しすぎて、自己の主張が薄い点でしょうか。しかし、思想的な偏りもないため、ヤンは彼が銀河帝国と自由惑星同盟、つまり専制国家と民主国家の共存のキーパーソンになると考えていました。

こういったタイプの人間は、ボリス・コーネフの言う通り、やはり長生きしない傾向にあると思います。というのも、貧乏くじを引くことが多い(というより、自ら貧乏くじを引いてしまう)からです。キルヒアイスの場合も、この後、全く彼の落ち度ではない理由で、命を落としてしまいます。※もしキルヒアイスがもう少し自我を主張していたら、結果は違っていたはずです。

ここでの学びは、生き残りたいのであれば、いい人をやめる、という点です。

キルヒアイスの人間性は非の打ちどころがありません。私もキルヒアイスが好きですし、こんな人が上司だったらな、と思います。ただ、彼は恐らく、アンネローゼとラインハルトの姉弟に出会った時点で、彼自身だけが「生き残る」という選択肢を、人生から外してしまったように思います。

現代の一般人、ビジネスの世界に生きる人々にとっては、自我を捨てるほどの何かに出会うことは、滅多にないでしょう。上司、組織、会社、同僚、その他、自身の生き残りを捨ててまで重視するものではないと思います。

しかし、そうではないにも関わらず、「いい人」だからこそ、貧乏くじを引き続けて潰れていってしまう人がいます。「いい人」以外の人(フリーライダー)が、「いい人」に自身の仕事を押し付けて、自身は休暇をとって旅行などに行ってしまうからです。※組織が危機的状況に陥っている場合、特にこの傾向が強まると思います。

ここでいう「いい人」は、そうやってたくさんの仕事をこなすので、必然的に能力が上がります。そして、さらに多くの仕事を押し付けられることになります。まるでそれが当たり前かのように。悪循環としか言いようがありません。会社の評価が上がるのであればまだ救いがありますが、多くの場合、彼らに仕事を押し付けたフリーライダーの方が評価が上がり、出世していきます。

こうして、押し付けられる仕事が増え続けると、「いい人」は結局膨らみ切った風船のように割れて潰れるか、組織を去ってしまいます。そして、皆が「いい人」の存在価値の大きさに、失ってから初めて気づく、というのがよくあるお話だと思います。

キルヒアイスの場合も、失ってから様々な人がそれぞれの観点で、「ジークフリート・キルヒアイスが生きていれば」と回想しています。キルヒアイスほどの洞察力や自己防衛力をもった人間でも、「いい人」であるが故に消えてしまう。我々は本当に生き残りたいのであれば、やはり「いい人」をやめることが一番の選択だと思います。

2021年7月3日土曜日

オスカー・フォン・ロイエンタール「奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」(本伝第22話)

自由惑星同盟でクーデターが収束しようとしている頃、銀河帝国内でも皇帝を擁立するローエングラム侯爵ラインハルトとブラウンシュヴァイク公爵率いるリップシュタット連合軍の戦いが苛烈を極めていました。

そんな中、戦略上それほど重要ではないシャンタウ星域の防衛に当たっていたのが、ヘテロクロミア(両目で色が異なる)のロイエンタール提督です。ロイエンタールは後に疾風ミッターマイヤー提督と共に「帝国の双璧」と呼ばれるようになりますが、この時点ではキルヒアイス、ミッターマイヤーに続く3番手、というくらいの位置づけでした。

そして、ロイエンタールが対峙していたのが、リップシュタット連合軍の総司令官、メルカッツ提督でした。メルカッツ提督の老練な手腕に、劣勢気味になるロイエンタール。ここで、彼は思い切った決断をします。

「ここは撤退だ。シャンタウ星域は死守するほどの価値はない。奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」。

リップシュタット連合軍のメルカッツ提督としては、消耗戦に持ち込んでもう少し戦力を削いでおきたいところでしたが、ロイエンタールは大きな火傷をする前にさっさと撤退してしまいました。このあたりの判断の鋭さが、以後の大きな飛躍の源泉になるのだと思います。

オスカー・フォン・ロイエンタール「奪還するのはローエングラム侯にやってもらおう」(本伝第22話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第22話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、退き時を知る、ということだと思います。

当時のロイエンタールは、ミッターマイヤーほど派手ではないにせよ、既に提督として超優秀で、メルカッツとの戦いであっても艦隊戦を続けることは可能だったと思います。副官のレッケンドルフも進言していますが、ここで形だけとは言え負けてしまうと、全体の士気にも関わります。また、純粋な軍人であれば、負けること自体を嫌がるものです。

しかし、彼は全くこだわらず、あっさりと退却しました。それは、自身がメルカッツに対して(能力というより)経験で劣り消耗戦は不利であること、そしてシャンタウ星域には固執するほど戦略的価値がないこと、これらを冷静に判断したからだと思います。己を知り、敵を知り、環境を知れば、躊躇わずに退くことができる。逆に、それらが一つでも欠けると、なかなか退けず、事態が泥沼化していくものだと思います。

そんなロイエンタールの判断は、ラインハルトの頭脳をくすぐります。退却の報を聞いたラインハルトは、「ロイエンタールめ、私に宿題を残したな」と部下の判断を尊重しています。(ロイエンタール以外が同じことをしたら、多分怒っていたのでは、と思いますが)。そして、ラインハルトはこのシャンタウ星域の放棄を、敵本拠地ガイエスブルグ要塞攻略の一つのピースとして活用するのでした。

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