大艦隊のほぼ全てを失い、反皇帝派のリップシュタット連合軍は敗北への道を突き進んでいました。そんな中、門閥貴族の領地ヴェスターラントで暴動が起き、総大将ブラウンシュヴァイク公爵の甥、シャイド男爵が民衆に殺されてしまいます。
そんなヴェスターラントへの報復のため、ブラウンシュヴァイク公爵は地球を壊滅状態に陥れた熱核兵器の使用を決意します。側近アンスバッハ准将の制止も意味はなく、逆にアンスバッハは拘禁されてしまいました。善悪の判断もつかないくらい、ブラウンシュヴァイク公は追い詰められていたと言えます。
その報はリップシュタット連合軍に潜伏していたスパイから、ローエングラム侯爵ラインハルトの下に届けられます。当然、ブラウンシュヴァイク公爵の暴挙を止めるべく、艦隊を派遣しようとするラインハルト。しかし、そこを参謀オーベルシュタインに止められます。
「いっそのこと、ブラウンシュヴァイク公にこの暴挙を実行させるべきです」。オーベルシュタインは、このヴェスターラント200万人の民衆を犠牲にして、政治宣伝に使うべきだと主張するのです。最大多数の幸福のため、少数を犠牲にする。初歩的なマキャベリズムの論法を用いて、オーベルシュタインはラインハルトに決断を迫ります。
それに反発したラインハルトの発言が、「人の命とは、そんな単純な数字で語られるべきものではない」でした。
ここでの学びは、倫理(人の命)と政治(数の論理)は相反し、どちらかの選択を迫られることがある、という点です。
ラインハルトはこの時、オーベルシュタインに言いくるめられ、明確に核攻撃を止めることができませんでした。彼がキルヒアイスと共有している民衆第一の倫理的な信念と、オーベルシュタインの持ち出す政治的な覇者の論理の間に挟まれ、逡巡してしまったのです。キルヒアイスがもしこの場にいたら、ラインハルトの気持ちを尊重し、オーベルシュタインに真っ向から反対したはずですが、残念ながらラインハルトは一人でした。
結果として、この判断はラインハルトにとって人生で二番目にまずい判断(一番まずい判断の場面は、この後すぐに来ます)となりました。確かにオーベルシュタインによる政治宣伝により、リップシュタット連合軍の瓦解が早まり、内戦が早く集結したことは確かです。しかし、ここで彼は掛け替えのないものを失ってしまいます。民衆を「本気で」大事にするという姿勢と、キルヒアイスの信頼です。(ラインハルトはこの後、続けて人生で一番まずい判断をしてしまい、キルヒアイスそのものも失ってしまいます)。
このように、政治を優先した判断は、即効性はあるものの、根本的な何かを失いがちです。他方で、倫理を優先した判断は、時間はかかるものの、一貫性を確保して支持を得ることができます。今後、ラインハルトはオーベルシュタインの掲げる政治優先の戦略で覇者になりますが、この場面にもしキルヒアイスがいて、ラインハルトに倫理優先の判断をさせていたらどうなったか。今となっては完全な「if」の世界ですが、史実とは全く違う展開になったであろうことは疑いありません。