2021年9月26日日曜日

ダスティ・アッテンボロー「恰好が悪くてもいい、生き残れよ!」(本伝第27話)

帝国軍の哨戒部隊との思わぬ遭遇戦に巻き込まれた、自由惑星同盟の新兵訓練部隊。新兵たちを率いるアッテンボロー提督の時間稼ぎ作戦や、ポプラン、コーネフ両隊長率いる艦載機部隊の善戦により持ちこたえていましたが、戦況は徐々に不利になっていきました。

同盟軍は既にイゼルローン要塞に敵軍との遭遇を報告しているため、本隊が到着するまで持ちこたえられれば勝てる状況ではありましたが、戦力差(スキル差も含めて)を考えると、それまでに全滅する可能性がありました。ここで士気が落ちると、総崩れになる、そんな局面だったと言えます。

そんな中、司令官アッテンボローの目前を、同盟軍戦艦ユリシーズが横切ります。ユリシーズは先立つアムリッツァ星域会戦にてトイレに直撃を受け、艦隊内が汚水まみれになりながらも生き残った幸運の戦艦でした。

アッテンボローはユリシーズに着想を得、全艦隊にとても有効な激励をして、士気を鼓舞することに成功します。その時の言葉が、「恰好が悪くてもいい、生き残れよ!」です。

ダスティ・アッテンボロー「恰好が悪くてもいい、生き残れよ!」(本伝第27話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第27話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、まずはストレートな方からいくと、プライドを捨てても生き残ることが優先、ということです。

ユリシーズのアムリッツァ星域会戦でのエピソードは、当時の乗組員からすると悲劇以外の何物でもなかったと思います。生き残れる可能性が非常に薄い戦いの中で、人間生活の最低限のインフラ(トイレですが)が断たれ、しかも異臭の中で長い時間を過ごさなければなりませんでした。しかし、彼らは無事に生き残りました。恰好はとても悪かったとはいえ、玉砕といった自暴自棄な選択をせず、とにかく帰ることを優先した結果です。この姿勢は、負けが濃厚になって、武人の誇りを守るために玉砕を選んで多くの人間を巻き添えにした、帝国軍のゼークト大将やフレーゲル男爵たちと対照的です。

現代のビジネスでも同様の場面が多くあります。負けを認めたり、自身の力のなさを認めたくないがために、望みのないビジネスを辞められなかったり、他人の力を借りれなかったり、無理が祟るまで頑張り続けたり…有能なビジネスマンほど、そういった状況に陥るのではないでしょうか。

しかし、「恰好」というのは、時として必要になることはあるものの、多くのピンチの場面で、不要だと思います。それよりも、生き残ることが大事。生き残れば、ユリシーズのように当時の「格好悪い」エピソードは笑い話や英雄譚になるものだと思います。※ユリシーズはそれだけでなく、後日、イゼルローン軍の総旗艦となります。

そしてもう一つは、具体的なイメージがあるメッセージは強力、という点です。

アッテンボローの激励は、ユリシーズのような強烈なイメージのある存在がなければ、不発に終わった可能性があります。戦況が不利になりつつある中、皆、ネガティブな方に考えが傾きがちですし、そこに根拠のない激が飛んでも好意的には受け取りがたいからです。

ところが、当時の同盟軍の各艦は、アッテンボローにうまく乗せられて、最終的にイゼルローンからの援軍の到着まで持ちこたえることに成功しました。こういった激励がうまくいくためには、タイミング、選ぶ言葉、受け入れ側の納得感、これらががっちり噛み合う必要があると思います。どれかがズレてしまうと、空振りします。アッテンボローはユリシーズのエピソードを用いることで、士気の維持に成功しました。人の気持ちをうまく盛り上げるところが、良将アッテンボローの長所なのでは、と思います。

2021年9月23日木曜日

ヤン・ウェンリー「一度も死んだことのないやつが、それについて偉そうに言うのを信用するのかい」(本伝第27話)

銀河帝国の哨戒部隊(ケンプ艦隊の分艦隊)と、自由惑星同盟の訓練部隊の遭遇戦は、銀河帝国有利の状況で推移していました。

そんな中、同盟軍のイゼルローン要塞司令官ヤン・ウェンリーの養子、ユリアン・ミンツが初陣のドッグファイトに向かっていました。ドッグファイトは死と隣り合わせです。艦載機スパルタニアンに乗り込み、「生き残れるかな」と呟きながら宇宙空間に向かう途上で、ユリアンはヤンとの会話を思い出します。

「提督、人は誰でも、自分の死に予感を覚えるものだって、本当でしょうか?」

ユリアンの問いに、ヤンは優しく答えます。

「ユリアン、一度も死んだことのないやつが、それについて偉そうに言うのを信用するのかい」

ヤン・ウェンリー「一度も死んだことのないやつが、それについて偉そうに言うのを信用するのかい」(本伝第27話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第27話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、ストレートですが、経験していないことを偉そうに語る人間を信じない、ということだと思います。

といっても、世の中の占星術師や手相・顔相など、少し超現実のものを完全否定しているのではありませんし、歴史家など自身の体験ではなく過去の他人の経験を分析する方を否定するつもりもありません。それは、数多くのケースを分析することで、自身の理論をモノにしていますので、それも経験の一部だと思います。

信用できないのは、中身が空っぽなのに、まるで経験しているかのように話をする輩の方です。中身も話もどちらも空っぽだと無害で、中身も話も豊かな人は非常に頼りになりますが、中身がなく話だけ盛れるタイプの人間は、基本的に人を操って生きている輩だからです(少し偏見があるかもしれませんが)。こういうタイプからは、逃げないと人生を食い散らかされます。

中身がなく、話だけ上手な人には気を付ける
中身
ないある
下手無害サポート要
上手危険人物頼りにすべき

他方で、中身が非常に豊富なのに、話が下手で報われない方も多いと思います。本当はこういう人を組織が引き上げないといけないと思います。ヤン艦隊が銀河最強になったのは、うわべだけでない真の実力(中身)をヤンが見極めて登用していったからに他なりません。

しかし、ビジネスの世界では、そういった本来実力のある皆さんが中堅以下に甘んじ、出世していくのは上記の危険人物枠の人であるケースも多いのではと思います。そういう組織からも、本当は逃げる方がよいのですが…なかなかそうもいかないのが日本の就職事情といったところです。

2021年9月19日日曜日

オリビエ・ポプラン「お前らひよっこは三機一組で一機を袋叩きにする、それが基本だ」(本伝第27話)

銀河帝国におけるリップシュタット戦役(門閥貴族の叛乱)と、自由惑星同盟におけるクーデターが終息しました。帝国はローエングラム侯ラインハルトを宰相とする専制政治に移行し、同盟はトリューニヒトを国家主席とする政治体制は変わらず、功労者ヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞の司令官として防壁の役割を「押し付けられて」いました。

そんな中、哨戒に出ていた帝国軍の小艦隊が、こちらも訓練中だった同盟軍アッテンボローの小艦隊と遭遇し、艦隊戦に突入します。

精鋭揃いの帝国軍に対し、新兵ばかりの同盟軍。戦いの帰趨は、経験の差からすれば明らかでしたが、「ヤン艦隊」という名声が帝国軍の全面攻勢をためらわせていました。

そんな中、艦隊の艦載機(一人乗りドッグファイト用の小型戦闘機。同盟軍ではスパルタニアンと呼ばれる。帝国軍ではワルキューレ)が出撃する場面があります。接近戦になった際に、艦隊では埋めきれない宇宙の隙間を制圧し、近すぎて有効射程外になりがちな艦砲以外の艦船破壊手段を確保するためです(制宙権を確保する、という言い方がなされます)。

この艦載機によるドッグファイトの同盟軍側の天才が、オリビエ・ポプランです。彼はヤン艦隊の第一飛行隊の隊長ですが、これから初めてドッグファイトに挑む新人パイロット達に、次のような貴重な言葉を伝えています。※新人パイロット達の中には、初陣となるユリアン・ミンツ(ヤンの被保護者)も含まれていました。

「俺は空戦の天才だ。しかし、俺のような天才は、帝国軍にはいない。お前たち、運がいいぞ。…お前らひよっこは三機一組で一機を袋叩きにする、それが基本だ。わかったか」。

オリビエ・ポプラン「お前らひよっこは三機一組で一機を袋叩きにする、それが基本だ」(本伝第27話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第27話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、教わる側の立場を踏まえて基本を教えてくれる人を大切にする、ということだと思います。

ポプランのこの言葉は、新人パイロット達に様々な意味で希望の光を与えています。彼は、以下のようにいくつもの教えを同時に新人たちに伝えていると思います。

1つ目の教え:敵にポプラン以上の能力の持ち主がいないこと=自分達が教わった世界以上のものは無いということ

2つ目の教え:背伸びして無理をする必要がないということ

3つ目の教え:基本を守れば生き残れる可能性が高いこと、そして、そう伝えることで逸脱行為を戒めていること

それは天才にありがちな、「できない理由が分からない」といった突き放す姿勢ではなく、素人である新人達の側に立った姿勢であり、彼らでも分かる言葉で必要十分な内容を伝えるものでした。

後々ポプランは教師を志すことを口にしますが、実際教える力に富んだ人物だったようです。色々な意味(特に女性関係)で素行は良くなかったですが。

こういった人物を師匠にできれば、その人の仕事人生は半分成功したようなものです。自身の素養と仕事がよほどズレていない限り、気づかないうちに、ある程度のところにまでたどりつけると思います。

問題は、ポプランのような教える側の素養を備えている人間が少ないことです。特に業績を上げている人ほど、「できない理由が分からない」人が多いと思います。教えを乞う先達は、慎重に選ばないといけない、そんなことを考えさせられる一言でした。

ちなみに、帝国軍でも教えるのが上手な人がいます。帝国軍の双璧の一人、ミッターマイヤー提督です。彼の旗下にいる提督達(バイエルライン、ドロイゼン、ジンツァー達)はメキメキと頭角を現し、同盟軍のアッテンボロー達と互角の戦いを繰り広げます。他方で、もう一人の双璧、ロイエンタールは旗下の提督に恵まれなかったこともあるでしょうが、ミッターマイヤーほど伸びた人はいなかったように思います。

2021年9月12日日曜日

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)

銀河帝国においてローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの関係悪化にオーベルシュタインが拍車をかける中、未来の帝国軍の双璧、ミッターマイヤー提督とロイエンタール提督は、トランプのポーカーで勝負をしていました。

結果はどちらも同じ手だったのですが、ミッターマイヤーがジャックの3カードだったのに対し、ロイエンタールはクイーンの3カードで、ロイエンタールの勝ち。ミッターマイヤーは男性人気が高く、ロイエンタールは女性人気が高いので、それを反映したかのような結果であり、それはミッターマイヤーの「相変わらずご婦人に好かれるようだ」との一言に集約されています。

さて、ポーカーの激戦の最中、二人の間でキルヒアイスの件が話題に上がります。オーベルシュタインがナンバー2不要論を持ち出して、実質ナンバー2の立場にあるキルヒアイスの相対的な影響力を下げようと画策している件は、二人にとっては既成事実でした。

ここでミッターマイヤーがロイエンタールに呟いた大人の一言が、「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい。ことに、それが人間関係のことならば」でした。

ウォルフガング・ミッターマイヤー「今までうまく運んでいたものを、理屈に合わないからといって無理に改めることはあるまい」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、理屈に合わなくても放っておくほうが良いことも多い、という点です。

オーベルシュタインは自身の理論を貫くため、ラインハルトに半ば強制的にキルヒアイスとの関係を改めさせようとしました。(これは、従ってしまったラインハルトの方に大きな問題があると思いますが)。単純化すると、オーベルシュタインの頭の中は、以下のような構成になっていると思います。理屈と整合していたら結果は良く、整合していなかったら結果は悪い、はずだ。白黒はっきりしていますし、正しいプロセスを取れば良い結果が出ると考えます。何かを判断する際に非常に役立つ考え方です。

オーベルシュタインの
考え方
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり100%0%
なし0%100%

しかし、ミッターマイヤーが言うように、世の中は理論的に正しければうまくいくというわけではありませんし、理論的には間違っていてもうまくいくことが多くあります。つまり、以下の表のようになるのが現実だと思います。

現実
結果
良い悪い
理屈との
整合性
あり50%より高い50%より低い
なし50%より高い50%より低い

理屈に合っていても、せいぜい成功確率が少し上がる、という程度という考え方です。ミッターマイヤーがこのような大人の考え方ができるのは、本人の資質もありますが、理屈で考えて正しく行動できたとしても、成功確率自体にはそれ以外の要素が大きく絡んでくる、ということを、実戦を通じて身をもって知っていたということに尽きると思います。その辺りが、オーベルシュタインや「理屈倒れ」のシュターデン提督と一線を画すところでしょう。

オーベルシュタインは新銀河帝国の時代にもラインハルトの下で名参謀として活躍しますが、この時ばかりは早計に過ぎたのではないかと思います。

2021年9月5日日曜日

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)

ヴェスターラントへの貴族連合軍の核攻撃の是非を巡って、銀河帝国のローエングラム侯ラインハルトとキルヒアイスの間に生じた亀裂。これを修復しがたいものにしてしまったのが、ラインハルトの参謀長、オーベルシュタインの一言です。

「組織にナンバー2は必要ありません。部下の忠誠心は代替の効くものであってはならないのです。」

これは、キルヒアイスが事実上ナンバー2になっていること、そしてキルヒアイスがラインハルトに取って代わって支配者になる可能性があることを伝え、ラインハルトに注意を促した言葉でした。本伝を最初から読んだり観ている方には、「キルヒアイスはそんなことしない(なぜならラインハルトの姉アンネローゼの意に反することは絶対にしないから)」と分かっていますが、オーベルシュタインにはその辺りの機微な感情面は理解できず、上記のような正論を踏まえた警告に至ったのだと思います。

ラインハルトはこのオーベルシュタインの言葉に対し、「銀河全体が私に背いても、キルヒアイスは私に味方するだろう」と真っ向から反論しますが、その裏でオーベルシュタインに従い、キルヒアイスの特権を剥ぎ取ることに合意してしまいます。

その結果、悲劇が起こるのです(この話は悲しいので、ここでは触れません)。

パウル・フォン・オーベルシュタイン「組織にナンバー2は必要ありません。」(本伝第25話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第25話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここでの学びは、人間関係の悪化は加速がつく、という点です。

オーベルシュタインのこの言葉は、タイミングがここでなければ、たいした影響のないものだったと思います。彼がナンバー2不要論を唱えていることは周知の事実でしたし、いつものラインハルトであれば、それを言われたところで、「またか」という程度で、たいして気にも留めなかったはずです。このタイミングに至るまで、ラインハルトにとってのキルヒアイスの存在は、オーベルシュタインの正論を十分に凌ぐものだったと思います。

しかし、キルヒアイスとラインハルトとの間に亀裂が生じたこのタイミング、そして関係が悪化に向かって舵を切ってしまったタイミングで、このオーベルシュタインの言葉は効果が有り過ぎました。ラインハルトは言葉の上ではキルヒアイスを擁護しているものの、行動としてはキルヒアイスの特権(集会への銃の帯同や、ラインハルトの傍の位置)をはく奪しました(しかも、キルヒアイス本人に伝えることもなく)。これは、いつもであれば自動的に修復されてきた関係性が、もはや後戻りできないベクトルと加速度で傷口を広げてしまっていることを表しています。

勉学や仕事の世界でこのように最悪のタイミングで最悪な出来事が起きることはしばしば起こるものですが、特に人間関係でこういった事態が起きやすいのでは、と思います。というのも、人間関係を良好に保つには、双方の歩み寄りが必要ですが、人間関係を壊すには片方が縁を切れば十分だからです。以下の表のとおり、あるAさんとBさんがいたとして、4分の3の確率(概念的には)で人間関係の維持は困難となります。円満に関係が維持できるのは、4つのうち1つのパターンのみです。

【表:人間関係の維持は難しい】

Aさんの姿勢
歩み寄る拒絶する
Bさんの
姿勢
歩み寄る維持可能維持困難
拒絶する維持困難維持不可

また、ここでより重要なのは、ある人からある人への感情は、絶えず同じレベルを維持するのではなく、あるベクトルに向けて増減し、時々加速がつくことです。今回の場合、ラインハルトとキルヒアイスの互いへの関係性は歩み寄りから拒絶の方向に向き、そしてラインハルトのそれはオーベルシュタインのダメ押しによって加速力がついてしまいました。

実際に人間関係が壊れる当人になるのも避けたいところですが、同様にそれを助長する今回のオーベルシュタインのような役回りになるのも、生きていく上で避けるよう、心がけようと思います。

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