ルグランジュ提督の第11艦隊を失ったグリーンヒル大将率いる救国軍事会議は、経済も破綻し、窮地に立たされます。ヤン艦隊が首都星ハイネセンを包囲するのも時間の問題。そんな中、事件が発生します。軍国主義に反対する市民が、民主派議員の呼び掛けに応じ、ハイネセンスタジアムにかけつけたのです。その数は20万人以上。そして、市民に呼び掛けた民主派議員が、ヤンの学生時代からの親友ジェシカ・エドワーズです。
グリーンヒル大将は、ハイネセンスタジアムの鎮圧に、クリスチアン大佐を派遣します。この人選は、後ほどはっきりしますが、明らかに誤りでした。なぜなら、クリスチアン大佐は根っからの軍国主義者で、ハイネセンスタジアムのデモを平和的に解散させるなど、微塵も考えていなかったからです。
クリスチアン大佐は、市民を何人か並べ、殴り、脅しました。「死ぬ覚悟もないやつが偉そうなこと言いやがって!」。そこに割って入ってジェシカは叫びます。「死ぬ覚悟があったら、どんなひどいことをやってもいいと言うの?」。しかし、ジェシカはこの後、言ってはいけないことを言ってしまいます。すなわち、「暴力によって自分が信じる信念を他人に強制する人間は後を絶たないわ。銀河帝国を作ったルドルフも、そして大佐、あなたも。あなたはルドルフの同類よ。それを自覚しなさい。そしている資格のない場所から出ておいき!」
この一言がまずかったのは、それが真実だったからです。そして、クリスチアン大佐は、それを公に絶対に認められなかった。なぜなら、銀河帝国に対抗するために、自由惑星同盟が皇帝と同じことをしてしまっては、自らの存在意義を否定することになるからです。そして、この後のクリスチアン大佐の反応は、激烈なものになったのでした。
ジェシカの行動は、もちろん勝算に値するものだと思います。軍国主義のクーデターの下、不安にさいなまれる市民の心の支えに自らがなる、その行動は、純粋に市民を愛する議員のあるべき姿だと思います。
しかし、ここでの学びは、そこではないと思います。むしろ、信念同士が逃げ道をふさいでぶつかると、必ずどちらかが(あるいは双方が)倒れる、という点が重要だと思っています。ジェシカはクリスチアン大佐の逃げ道をあからさまに塞ぎました。お互いに引くに引けない状況になった、と言えます。
これは、ハイネセンスタジアムにクリスチアン大佐を派遣したグリーンヒル大将の落ち度でもあると思います。ジェシカ・エドワーズは既に反戦派で知られる議員でしたし、戦没者慰霊会でトリューニヒト現議長にも歯向かったことも、グリーンヒルは良く知っています。(グリーンヒル大将はそこにいましたから)。また、クリスチアン大佐が過度な軍国主義者であることも、クーデターのメンバーに加えた時点から分かっていたことだと思います。なぜ、水と油の二人を対決させたのか。今回の事件は、事の発端はハイネセンスタジアムではなく、救国軍事会議の会議室から始まったとみるべきだと思います。
そして、残念なことに、信念を絶対に曲げない二人が激突し、お互いに散るという結果になってしまいました。
また、もっと恐ろしいのは、この結末を最も歓迎したのは、この時地下に潜んでいた国家元首トリューニヒトだという事実です。トリューニヒトにとってこの事件は、自身に歯向かった民主派議員ジェシカ・エドワーズと、クーデターを起こした救国軍事会議の共倒れだからです。そのことを考慮すると、クリスチアン大佐をハイネセンスタジアムに派遣させたのは、その会議の場に居合わせたベイ大佐(実はトリューニヒトのスパイ)の可能性があります。そう仕向けることがトリューニヒトの意に沿うことは、ベイ大佐であれば十分に理解できたからです。実際、ベイ大佐は救国軍事会議の分裂を誘う発言をしています。
そう考えると、ジェシカもクリスチアン大佐も、二人ともトリューニヒトの陰謀の犠牲者と言えるのかもしれません。