メルカッツ客員提督(帝国から亡命してきたため、このように呼ばれています)の活躍により難を逃れたイゼルローン要塞の自由惑星同盟軍。純粋にミュラー艦隊の要塞内部への侵入を阻止しただけでなく、人材面での(予期せぬ)補強がなされたことがとても重要だったと思います。
というのも、当時のヤン不在のイゼルローン要塞に欠けていたのは、個々の艦隊戦能力でもなければ(アッテンボロー提督やフィッシャー提督が居ました)、白兵戦やドッグファイト能力でもなく(こちらはシェーンコップ、ポプランら、歴戦の強者が居ました)、補給等の事務処理能力でもありません(司令官代理のキャゼルヌが同盟軍随一のエキスパートでした)。それらを束ねて総合力として帝国軍に当たるための「戦局把握能力」およびそれに基づく「戦術眼」が、決定的に足りていませんでした。そのため、ケンプ、ミュラー両提督が率いる銀河帝国軍に先手先手を取られてきたと言えます。
そこに、満を持して登場したメルカッツが、ヤン不在の穴を埋めることに成功したのです。これは同盟軍にとっては大きい。キャゼルヌとシェーンコップが次のような会話を交わして潮目の変化を印象付けています。
キャゼルヌ「さすがだな、メルカッツ提督は」
シェーンコップ「敵ばかりに有能な人材が集まったのでは不公平ですからな」
息を吹き返した同盟軍に対し、帝国軍の方は少し事情が違います。これまですべての作戦で優位に事を進めていたところに、痛い逆撃を食らってしまいました。また、そのことにより主将たるケンプ提督と副将のミュラー提督の間に隙間風も吹きつつありました。
折り悪く、そこに本国(総参謀長オーベルシュタイン)から戦況報告を求める通信が入ります。どのように報告すべきか。参謀長フーセネガーより指示を請われたケンプ提督は、一言、こう伝えるのです。
「ただわが軍有利とだけ伝えろ」
ここで学んだのは、過少報告は悪い報せ、ということでした。
ケンプ提督は、当時の自分への周りの評価とこの作戦の責任の重さ、そして本国で待つ他の諸将(特に先んじて功績を上げているミッターマイヤーやロイエンタール)に対する体面を確保する目的から、戦況を詳しく報告せず、手短に伝えて余計な介入をシャットアウトするという判断を下しました。しかし、本国で報告を聞いたラインハルトは、この一言で戦況が良くないことを看過します。つまり、隠し事があると睨んだのですが、それは正鵠を得ていました。
ここで本来ケンプが報告すべきだったのは、同盟軍の動きが想定よりも鈍かったこと、そのため序盤は有利に事を進めていたこと、切り札と考えていた手が完全には成功しなかったこと、といった事実であったと思います。その情報は、本国にいるラインハルトおよびオーベルシュタインが次の手を考えるために有益になったはずです。(もしかしたら、フェザーンに探りを入れて、ヤンが不在であることを見破れたかもしれません)。しかし、ケンプがそれをしなかったため、ラインハルトとしては、単に増援を送るという判断しかできませんでした。
こういったことは、ビジネスの世界でもよく起こることだと思います。特に、親会社と子会社の関係で頻発します。子会社(特に海外の子会社)は自陣の腹の内を探られることを嫌うことが多いと思いますが、そのため火種が温存されていることも多いです。本来は互いに情報開示をして最も有益な選択を取るべきなのですが、立場が主従関係の場合はこの当たり前のコミュニケーションがうまくいかないことが多いです。そのため、情報技術等を使って、事実をありのままに親会社側が把握できる仕組みが必要になってくるのだと思います。
さて、ここでのもう一つの学びは、束ねることの大切さ、ということでした。
亡命後に自身の居場所を探していたメルカッツが見事に前線に返り咲く前までの自由惑星同盟軍は、まさに烏合の衆と化していたと思います。求めること自体が酷ですが、司令官代理のキャゼルヌには、有事の対応は困難でした。また、脇を固める諸将達も個性派ぞろいであるため、ヤンのように実力と人望を兼ね備えた司令官でないと言うことを聞いてくれません。
しかし、メルカッツには、敵方の帝国軍での実績ではあるものの、誰よりも長い軍歴と、ラインハルトと対等に戦い切った経験がありました。そして彼へのヤンの厚い信頼も、メルカッツが自由な手腕を発揮するのに一役買っていたと思います。つまり、諸将の接着剤になるだけの実績と信頼があったということです。そのことを更に実践で示したことで、同盟軍諸将のメルカッツ提督への信頼は確固たるものになりました。
たった一人、ヤン・ウェンリーという人物がいないというだけで、無敵のヤン艦隊はバラバラになり、ケンプとミュラーに翻弄されるくらいに弱体化していたのですが、そこにメルカッツ提督というピースがハマったことで、(完全では無いものの)息を吹き返したのです。このことは、戦いの場だけではなく、ビジネスを含めあらゆるところで、統率の役割の重要さを示唆しているように思います。
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