2022年3月13日日曜日

ナイトハルト・ミュラー「優れた敵には相応の敬意を払おうじゃないか」(本伝第33話)

帝国軍によるイゼルローン要塞攻略戦は、潮目が変わりつつありました。当初は攻め側の帝国軍の攻勢が激しく一方的な展開でしたが、メルカッツ提督の活躍もあり、次第に守り側の同盟軍も組織的に抵抗できるところまで持ち直していました。ハイネセンを急ぎ出発したヤン・ウェンリーと増援部隊がイゼルローンに到着すれば、戦況は大きく同盟軍側に傾く、そんな局面だったと思います。

この段階でも、まだ帝国軍はヤンの不在や増援の存在を知りませんでしたが、同面軍の捕虜が死ぬ間際にうわ言でヤンの不在を仄めかす言葉を発したことで、事態が急変します。帝国軍側では、この捕虜の言葉が真実なのか、罠なのか、物議を醸すことになります。

副将のミュラー提督は、この言葉が真実であると考えました。罠にしてはあからさまで、目的がはっきりしないからです。そのため、ヤンの帰路を捕らえる目的で、イゼルローン要塞の同盟軍側出口に自身の艦隊を展開しました。ここでヤンを失えば、イゼルローンだけでなく、同盟軍全体が瓦解すると考えたのです。

ミュラーの戦略は当を得たものでしたが、総司令官であるケンプ提督の見解は、「(常識的に)総司令官が任地を離れるはずがない。援軍が来たと見せかけて帝国軍を分散させる罠だ」というものでした。結局、主将たるケンプの見解が採用され、同盟軍は九死に一生を得たのでした。(ミュラーは、増援軍が帯同していたことまでは読み切れていなかったので、もし実行されていても成功したかどうかは定かではありませんが)。

このやり取りの中、ミュラーは副官のドレヴェンツから、「ヤン・ウェンリーとは、それほどまでに恐るべき男なのですか」と問いかけられます。ミュラーは「卿はあの要塞を味方の血を一滴も流すことなく陥落させることができるか」と返し、ドレヴェンツの否定の言葉を聞いた後、こう会話を締めくくるのでした。

「優れた敵には相応の敬意を払おうじゃないか、少佐。そうすることは我々の恥にはならんだろうよ」。

『銀河英雄伝説』DVD 本伝第33話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、事実で正確に評価をすることの大切さ、という点でした。

ヤン・ウェンリーの出世は、エル・ファシルの民間人脱出やイゼルローン要塞攻略など、華々しさがありすぎて、同盟軍内部でも「運が良かった」と言われてしまうくらいでした。当の本人もそう思っている節がありますが、近くで見ているメンバー(ヤン艦隊メンバー、特に副官フレデリカ)は、運だけでなく(相当な)実力によるものであることをしっかり認識していました。

他方で、帝国軍ではどうだったかというと、ここでドレヴェンツが疑問を呈しているように、評価は一定ではなかったようです。

ラインハルトやキルヒアイス、そしてキルヒアイスからヤンの人となりを伝え聞いていたミュラーは、ヤンを有能な指揮官という以上に、「恐ろしい男」であることを肌身で感じていたのだと思います。

しかし、ケンプ提督は、アムリッツァ戦役時に実戦で対峙し、そこそこ戦えたことが裏目に出たのでしょうが、ヤンは「有能」ではあるものの「恐ろしい」という感覚は持っていなかったのだろうと思います。また、今回、序盤有利に戦局を運べたこともあり、ケンプの「艦隊戦ならヤンと互角に戦える」という感覚は、困ったことに強化されてしまったように見えます。(それだけに、ヤンが不在だったという事実を受け入れられなかったのかもしれません)。

自分より相手の方が圧倒的にレベルが高い場合、そしてそれでも戦わなければならない場合、皆さんはどうするでしょうか?正確にレベル差を認識できていた場合、恐らく純粋な正攻法ではなく、戦い自体に負けてもそれ以外で勝てるような算段をしたり、そもそも戦いを避けたり、といった行動を取ると思います。今回の場合、奇しくもヤンとラインハルトの意見が一致しましたが、移動できるガイエスブルク要塞をイゼルローンにぶつけて相打ちにする、という策が最も勝利に近かったはずです。

幸いなことに、戦争ではなくビジネスや勉学の世界では、レベル差の大きすぎる相手との戦いをどうしても強いられる、という局面は少ないと思います(たいていは避ける道がある)。そのため、そのレベル差自体を、事実をもってきっちり把握し、むしろ相手に敬意を払う、というミュラーのようなスタンスが重要になってくるのだと思います。

2022年3月6日日曜日

カール・グスタフ・ケンプ「ただわが軍有利とだけ伝えろ」(本伝第33話)

メルカッツ客員提督(帝国から亡命してきたため、このように呼ばれています)の活躍により難を逃れたイゼルローン要塞の自由惑星同盟軍。純粋にミュラー艦隊の要塞内部への侵入を阻止しただけでなく、人材面での(予期せぬ)補強がなされたことがとても重要だったと思います。

というのも、当時のヤン不在のイゼルローン要塞に欠けていたのは、個々の艦隊戦能力でもなければ(アッテンボロー提督やフィッシャー提督が居ました)、白兵戦やドッグファイト能力でもなく(こちらはシェーンコップ、ポプランら、歴戦の強者が居ました)、補給等の事務処理能力でもありません(司令官代理のキャゼルヌが同盟軍随一のエキスパートでした)。それらを束ねて総合力として帝国軍に当たるための「戦局把握能力」およびそれに基づく「戦術眼」が、決定的に足りていませんでした。そのため、ケンプ、ミュラー両提督が率いる銀河帝国軍に先手先手を取られてきたと言えます。

そこに、満を持して登場したメルカッツが、ヤン不在の穴を埋めることに成功したのです。これは同盟軍にとっては大きい。キャゼルヌとシェーンコップが次のような会話を交わして潮目の変化を印象付けています。

キャゼルヌ「さすがだな、メルカッツ提督は」

シェーンコップ「敵ばかりに有能な人材が集まったのでは不公平ですからな」

息を吹き返した同盟軍に対し、帝国軍の方は少し事情が違います。これまですべての作戦で優位に事を進めていたところに、痛い逆撃を食らってしまいました。また、そのことにより主将たるケンプ提督と副将のミュラー提督の間に隙間風も吹きつつありました。

折り悪く、そこに本国(総参謀長オーベルシュタイン)から戦況報告を求める通信が入ります。どのように報告すべきか。参謀長フーセネガーより指示を請われたケンプ提督は、一言、こう伝えるのです。

「ただわが軍有利とだけ伝えろ」

カール・グスタフ・ケンプ「ただわが軍有利とだけ伝えろ」(本伝第33話)
『銀河英雄伝説』DVD 本伝第33話 (C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリーより引用

ここで学んだのは、過少報告は悪い報せ、ということでした。

ケンプ提督は、当時の自分への周りの評価とこの作戦の責任の重さ、そして本国で待つ他の諸将(特に先んじて功績を上げているミッターマイヤーやロイエンタール)に対する体面を確保する目的から、戦況を詳しく報告せず、手短に伝えて余計な介入をシャットアウトするという判断を下しました。しかし、本国で報告を聞いたラインハルトは、この一言で戦況が良くないことを看過します。つまり、隠し事があると睨んだのですが、それは正鵠を得ていました。

ここで本来ケンプが報告すべきだったのは、同盟軍の動きが想定よりも鈍かったこと、そのため序盤は有利に事を進めていたこと、切り札と考えていた手が完全には成功しなかったこと、といった事実であったと思います。その情報は、本国にいるラインハルトおよびオーベルシュタインが次の手を考えるために有益になったはずです。(もしかしたら、フェザーンに探りを入れて、ヤンが不在であることを見破れたかもしれません)。しかし、ケンプがそれをしなかったため、ラインハルトとしては、単に増援を送るという判断しかできませんでした。

こういったことは、ビジネスの世界でもよく起こることだと思います。特に、親会社と子会社の関係で頻発します。子会社(特に海外の子会社)は自陣の腹の内を探られることを嫌うことが多いと思いますが、そのため火種が温存されていることも多いです。本来は互いに情報開示をして最も有益な選択を取るべきなのですが、立場が主従関係の場合はこの当たり前のコミュニケーションがうまくいかないことが多いです。そのため、情報技術等を使って、事実をありのままに親会社側が把握できる仕組みが必要になってくるのだと思います。

さて、ここでのもう一つの学びは、束ねることの大切さ、ということでした。

亡命後に自身の居場所を探していたメルカッツが見事に前線に返り咲く前までの自由惑星同盟軍は、まさに烏合の衆と化していたと思います。求めること自体が酷ですが、司令官代理のキャゼルヌには、有事の対応は困難でした。また、脇を固める諸将達も個性派ぞろいであるため、ヤンのように実力と人望を兼ね備えた司令官でないと言うことを聞いてくれません。

しかし、メルカッツには、敵方の帝国軍での実績ではあるものの、誰よりも長い軍歴と、ラインハルトと対等に戦い切った経験がありました。そして彼へのヤンの厚い信頼も、メルカッツが自由な手腕を発揮するのに一役買っていたと思います。つまり、諸将の接着剤になるだけの実績と信頼があったということです。そのことを更に実践で示したことで、同盟軍諸将のメルカッツ提督への信頼は確固たるものになりました。

たった一人、ヤン・ウェンリーという人物がいないというだけで、無敵のヤン艦隊はバラバラになり、ケンプとミュラーに翻弄されるくらいに弱体化していたのですが、そこにメルカッツ提督というピースがハマったことで、(完全では無いものの)息を吹き返したのです。このことは、戦いの場だけではなく、ビジネスを含めあらゆるところで、統率の役割の重要さを示唆しているように思います。

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