自由惑星同盟でクーデターが終息した頃、銀河帝国ではブラウンシュヴァイク公爵率いる門閥貴族達がローエングラム侯ラインハルトに敗北し、その戦後処理に入っていました。
その中で、大きな亀裂が浮き彫りになります。ヴェスターラントの核攻撃をめぐる対応に関して、ラインハルトと腹心キルヒアイスとの間に、見解の不一致が生じたのです。民衆を守ってこそ自身の正当性を確保できると主張するキルヒアイスに対し、少数の犠牲をもって大多数の幸福を手にしたと主張するラインハルト(もともとはオーベルシュタインの説です)。本当はラインハルトもキルヒアイスと同様に感じ、核攻撃を止めようとしたにもかかわらず、ここではラインハルトはまるでオーベルシュタインのように振舞います。
それでも食い下がり、ラインハルトを窘めようとするキルヒアイスに、ラインハルトは止めの一言を放ちます。「お前は、俺の何だ?」
そして、キルヒアイスは悲しげにこう答えたのでした。「私は閣下の忠実な部下です、ローエングラム侯」。
ここでの学びは、何かが壊れる瞬間を見逃してはならない、という点です。
この時、明らかにキルヒアイスのラインハルトに対する「モード」が変わったと思います。親友から単なる主従へ、本来お互い望んでいないはずの変化がそこにあり、かつそのサインをキルヒアイスの方から出していたのだと思います。それが、常日頃はラインハルトをファーストネームで呼ぶキルヒアイスが、あえて「ローエングラム侯」と敬称で呼んだことに表れています。
しかし、ラインハルトは気づきませんでした。ラインハルトは、今回の件は些細な行き違いであり、いつものように、時間が経てば修復されると思っています。しかも、折れるべきはキルヒアイスの方だと思っています。本当は、何ら義務のないキルヒアイスの方が、望んでラインハルトの下にいるだけなのですが、長年の二人の関係が、そのことを忘れさせてしまったのでしょう。
愛情関係や友人関係、ビジネスの信頼関係が壊れるときは、大抵はこのような「いつもの些細な行き違い」がきっかけになっていると思います。どちらかが、あるいはどちらもが、「相手がいつか分かってくれる」、「いつも通り時間が経てば元に戻るだろう」、と思ってしまい、対応が遅れ、取り返しがつかなくなるものだと思います。
仲が良ければ良いほど、そして仲の良い時間が長いほど、この致命的な瞬間を見逃しがちです。なぜなら、過去の「関係を修復できた」という数多くの実績が、修復できない可能性への考慮を妨げるからです。そのことを頭に入れて、本当に大切な関係については、むしろいつもと違う瞬間をとらえられるよう、頭の片隅にセンサーを置いておく方が無難なのだと思います。